book2

□黒髪のむすぼほれたる思いには
1ページ/7ページ

檜佐木+乱菊(+ギン)



副隊長会議のあと、自隊に戻る道すがら乱菊さんに声をかけた

「乱菊さん。これ。
こないだ言ってたの、どうですか?」

「ああ、いいわねぇ。
修兵よく気が利くのね。」

素敵ね、あたしがもらってもいいの?
嬉しいわ、ありがとう―
俺が希望していた笑顔や賛辞、謝辞が全てそろって返ってきた

去っていく後ろ姿を見送る俺はきっとだらしない顔をしているだろう
でもあの花が咲いたような笑みの余韻が俺を包んで離さない

あの人のためになにかできるのは俺にとっては喜びだが、多くの人にも気持ちのよいことなんじゃないだろうか


あの人は他人の好意に敏感だ
まるで優しくされたことなど初めてだとでもいうように喜んで礼を口にする
見る目があると褒めて自尊心をくすぐる言葉、
相手を想って選んできたことへの労い、
たとえ骨を折ったとしても瞬時に埋め合わせをしてしまう大輪の笑み、
どれをとっても好ましくていい気分にさせられてしまう

礼を言い慣れているのかというとそうではない
好意に混じる男のよこしまな気持ちを察するとすっと引いていってしまうのだ
そういう意味であの人は苦労人だと俺は思う

俺も流魂街の大きい数字の地区の出身だからある程度の察しはつく
きっと副隊長になるまでには嫌でも見事な処世が身につくだけのことに出会してきたのだろう

あれだけの美人だから仕方ないと言ってしまえば俺も嫌われるだろうが
実際、俺はあの人よりも綺麗な女性に出会ったことがなかった


だからよこしまでない純粋な好意を殊更に喜ぶのかもしれなかった
俺がいま一歩踏み込めないのはそれが理由だ
本当は溢れてきそうなよこしまな気持ちを言葉にも態度にも出さずにいるのは
後輩として可愛がられている立場が一瞬のうちにそこら辺の有象無象と同じに変わってしまうのが怖いからだ

男の俺が本当の意味であの人の信頼を得るには
日番谷隊長のような少年の姿でもしていない限り、決して短いあいだではない努力が要ったのだ
簡単に失えるはずもなかった



それなのに、だ
なんだってあの人はああも簡単に乱菊さんの間合いに踏み込んで
あまつさえ髪まで触った

ごくごく自然にだ
まるで毎日そうしてきたかの如くにだ
乱菊さんもそれが当たり前のように警戒もせずに髪を預けた

あの人はいったい何者なんだ?
嫉妬もだが、それ以前に俺にはまるで納得がいかなかった

ただ驚愕に固まるよりほか無かった



事の次第はこうだ

ある時乱菊さんがうるさげに髪を掻きあげて言った
もう切っちゃおうかしら、と

だから俺は勿体なくてつい口を出した
すると、まとめでもすればいいのかしらねぇ、と呟いた
そのとき思い付いたのだ

東仙隊長は風流なものを好む
意外にも色合わせにも一家言あって、贈り物なら相手にあわせて細々とした注文を付ける
きっと初めから光を持たずに生まれてきたわけではなかったのだろう

そんな東仙隊長の用向きで懇意にしていた小物屋で色とりどりの組み紐を目にしていたのだ
それなら髪を結わえても華美になりすぎずにいいだろうと思えた

だから乱菊さんの肩掛けの絹布よりも淡い桃色の組み紐を贈ったのだ
さり気なく、よこしまでなくを意識して包みもせずに手渡した

気を配った甲斐があって乱菊さんは喜んでくれた


そこまでは完璧だったはずだ
なのに思わぬおまけが付いてきた
乱菊さんがいけないのだ
薄桃色の組み紐で髪を結わえた乱菊さんの露わになった項は眩しすぎたのだ

本人には見えないだろうが通り過ぎる男の目には鮮やかだ
日番谷隊長なら見えやしないだろうがあの項が鼻の先から一尺のあたりを通り過ぎる
当然ながら胸が騒ぐ

これはいけない
多くの男の目に触れる前になんとかしなければいけないと思った

だから後を追ったのだ
だがその先で乱菊さんは思わぬ人物に捕まっていた
思いがけないことに意表を突かれて機を逸した俺は、どうしようもなく物陰から様子を見守っていた


背の高い、白い羽織を着ているのは市丸隊長だった
一言だけの挨拶をした乱菊さんは表情も変えずにすれ違ったはずだった

だが市丸隊長が声をかけたのだ
待ちぃ、それ解けかけとるよ、それだけで乱菊さんを呼び止めた

振り向いた乱菊さんをまじまじと眺めると
乱菊さんの手の中の書類を一枚抜き取った
それをするすると細く折ってしまうと乱菊さんの背後に回る
そして乱菊さんの結わえた組み紐を解いていとも簡単に髪を整えると、
手にした紙の紐で背の中程あたりをゆるく結んでしまったのだ
.

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ