book2

□乱菊+白哉
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乱菊+白哉



一人で軽くひっかけた帰り道、なんとなくまっすぐ戻りたくなくて
散歩がてらに大きな邸宅の立ち並ぶ方向へと足を向けた

こちらならこの時間は人通りが少ないうえに危ない目にも遭いにくい
仮にも護挺の副隊長が危ない目に遭うことは滅多にないのだが、
それでも今夜は立ち回りをしたい気分ではなかった

冷えた空気が肌を刺す
酔い冷ましには心地よい

乱菊はこんなふうに酔って一人で歩くことはほとんどない
酒は大勢で楽しく飲むものだ
そうでなければこんなときに寂しくて辛くなる

特にギンとあんなかたちで逢えなくなった今、
雪でも落ちてきそうな夜に一人で歩くなど失敗だった

嫌でも余計なことを思い出す
乱菊は雲の垂れ込める夜空を仰いだ
吐く息だけが白く立ち登って生きている者の証を立てる

胸の内を少しでも軽くしてなにも考えずに眠りたいと飲みに出たというのに
これでは重い腰を上げた努力も無駄になるだろう

疲れを感じて、眠れもしないというのに早く眠ってしまいたかった



「酔ってでもいるのか。」

不意に声をかけられた
道の少し先に人が立っている
知った声だ

この距離まで気配に気づかずにいた自分を呪う
こんなときに取り繕う気力を奮い起こさねばならない


いつも艶やかな笑みを絶やさない護挺の花と唱われた死神が闇に紛れて立っていた

常とはちがうその様子とこちらに気付いてもいない気配に挨拶もなく不躾に声を放った
何故だかその方がいいと思った

この女性に夜まみえる機会はあまりない
だがそれでも自隊の小さな隊長の後ろで楽しそうに笑い、闇夜など弾き返しそうな金髪と人目をひくおおらかな笑みに
隠密機動には決して向かなそうだと思った覚えがある

それが今夜はいまにも闇に溶けてしまいそうに見えた


「そなたは美しいと思っていたのに今宵はひどい顔をしているな。」

互いの顔が見える距離まで来た相手は朽木白哉だ
そういえばここには朽木の屋敷もあったなと頭の片隅で思う

遅れて聞こえた言葉の意味を理解する
白哉の口から出たとは思えない台詞に呆気にとられた

取り繕うには遅すぎるようだ
先に声をかけられた瞬間走った緊張がほどけていく

いつも通りの感情の窺えない顔からはわからないが、この人なりに気を使ってくれたのだろうか

応えられない自分を身じろぎもせずに見つめてくる白哉になんだかおかしくなって
ほんの少しだけ唇をゆがめることができた
我ながら困ったような顔になっているだろうと思う


「…朽木隊長でもそんなことを仰るんですね。」

笑って見せたというのに今にも泣きそうに見えた

緋真とはまるでちがう
艶やかで鮮やかな大輪の花を思わせるこの女は
しとやかで可憐な淡い小花を思わせた緋真と
泣くときだけはおなじ顔をするのかもしれなかった

いや、そうではあるまい
もう戻らぬものを想って泣く顔だけがおなじなのかもしれなかった

目眩がする気がした

ずいぶんと罪作りなことをする
銀髪の痩せた背の高い男を思った

あの男は置いていかれる者の気持ちを思ったことがあったのだろうか

目の前のこの女は自分とおなじく運命に見送る役割をふられたとでもいうのだろうか
胸が苦しくなった
着ていた羽織を脱いで着せ掛けてやる


「着て行け。」

それだけ言うと通り過ぎた
そのままそこにいたらいらぬ言葉が零れそうだった


白哉の姿が見えなくなる
肩に掛けられた羽織が暖かい

そうか、あの人は奥方をわずか数年で病にとられたのだったか
当時は朽木家の若当主が流魂街出身の女を娶ると噂になった

乱菊たちと年の変わらない大貴族の若者は大胆なことをすると思ったものだった
愛妻家だったと聞く

立ち去ってくれてよかった
でなければ言わなくともよいことを口にしていた

羽織の温もりが胸に沁みた
早く帰ろう
一刻も早く帰って寝てしまおう
そうすれば詮無いことをことを考えずにすむ

早足になった乱菊の背を押してくれたのは間違いなく白哉のくれた優しさだった
だが今はそんなことさえも考えたくない
与えられた優しさにただ甘えて、羽織を返すこともその礼もしばらく先に置いておこう

乱菊は自室へと続く道へと真っ暗な空の下、脇目もふらずにただまっすぐに足を向けた



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