book2

□ルキア+白哉
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ルキア+白哉



あちこちで虫が鳴きたてている
やまない合唱のようだ
それでも喧しいと思わないのは日中のうだるような日差しが
じっとしていると寒いほど涼しい風に変わったからだろう

昼間ため込んだ地面の熱を払う風を待っていたのはルキアだけではない
自由に鳴き交わしている虫もまたおなじだと思えた

ルキアは朽木の屋敷へと向かっている
だが今日はいつもの帰り道とは少しちがう
逸る気持ちを抑えつつ自然と足早になっていた
白哉に土産があるのだ

浮竹にもらいものだという蛍を分けてもらったのだ
小さな虫かごの中で淡く光る蛍を白哉にも見せたかった


既に夕餉を終えて自室にいた白哉に帰宅の挨拶を済ませる
白哉の返事もそこそこにさっそく切り出した

「兄様。兄様に土産があるのです。」

無言のままの白哉に
後ろ手にしていた虫かごを押し出す

文机の脇の明かりだけの部屋で虫かごの中の蛍が小さく光る

「…蛍か」

義妹は白哉のわずかな変化も見逃すまいと大きな目をひたと向けていたが
小さな驚きの表情を読みとると、嬉しそうな笑顔を見せた


白哉は珍しく思う
ルキアが自分に笑ってみせることがではない
それならばもう何度もある
それでもそれは抑えた笑みであり、今のような悪戯に成功した子どものような顔を見せたのは初めてだった

それだけでも充分な椿事なのだがそれよりなにより、
これまで自分の言葉を最後まで聞かったことなどなかった義妹が
白哉の返事が待ちきれないように言葉を発した

いつもならば必ず白哉の言葉を最後まで待つのだ
そして多くは自分の意見を述べることもなく諾と言う
そのルキアが白哉の返事に被せるように話を切り出してきた

だから白哉はなにも言わずにただ、蛍を庭に放しにいこうと言った


ルキアとこうして庭を愛でることは過去にも幾度かあった
だが、白哉から誘ったことしかない

こと、朽木の家に関することになると言われたことに従うだけのルキアの態度に変化はなかった

確かに貴族の年中行事として庭を愛でる催しも少なくはない
ルキアにはそれが退屈なのだろう
だから自分と一緒に庭には出たがらないのだと白哉は思っていた

だが今夜のルキアは楽しげについてくる
やはり珍しい夜だった


池のほとりで虫かごを開ける
少し待つと一匹、二匹と蛍が光りながら夜に舞う

白哉とルキアは言葉もなくそれを見ていた

一匹の蛍がルキアの頭にとまった
それを上目遣いに見ようとするルキアの顔が淡い黄緑の光に照らされる

「ふっ、ふふ」

白哉の口から笑いがこぼれた
ルキアは驚いて白哉を見る
白哉が声を立てて笑うのを見たのは初めてだ

ルキアは蛍をもらったことを良かったと思った
浮竹に声をかけられたとき、一瞬迷ったのだ

朽木家の当主である白哉は宴席に招かれることも多い
またどこぞで蛍をみる宴でもあったら白哉の楽しみを潰してしまわないだろうか

白哉は宴席を好む質ではない、
だからなおさら宴席に出る数少ない楽しみを自分が先に見せることで削いでしまいたくはなかった

だが浮竹が言ったのだ
最近では蛍はあまり見かけなくなったと
だからほんの五、六匹だけどもというお裾分けを有り難く頂戴してきたのだ

白哉の笑い声を聞けたならルキアには大金星だった


頭に蛍を載せたままのルキアが笑う白哉を見上げている
すると突然、ぐぅ〜っと虫の声に負けない音が聞こえた
ルキアの腹の虫だ

慌てて腹を押さえるルキアを見て白哉はさらに、ふ、ははと笑った
だがさすがに気の毒に思い、笑いを引っ込めると声をかける

「良いものを見せてもらった。
戻って夕餉にするが良い。」

宵闇で恥ずかしげに俯いたルキアの顔色はわからないがきっと赤くなっていることだろう

それを思うとまた笑みがこぼれそうだったので口を開くことで誤魔化す

「私もいっしょに茶でも飲もう」


ルキアは驚いて顔を上げる
白哉が遅く帰った自分の夕食に付き合うなど朽木家にきて初めてのことだ

多忙な義兄にそのような時間をとらせていいのだろうか

だが今夜はなにぶんにも初めてのことがたくさんで動転していた
その気分のまま普段なら遠慮するものを
はい、義兄様、と口をついて答えてしまっていた

こちらをちらと見た白哉が頷く
その顔が気のせいか幾分満足げに見えた

蛍はもう飛び去ってしまって灯りが見えない
だがルキアの瞼の裏には小さな灯りが確かにまだ点っていた



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