book2

□日番谷+乱菊
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日番谷+乱菊



「松本、お前また雛森んとこに行ってくれてたのか」

事のついでのように聞いてみた
松本は俺がまだ四番隊から出られないうちから
十二番隊にいる雛森を見舞ってくれていたと聞いている

自分もじゅうぶん命が危い部類に入っていたはずの松本は

「私は隊長より早く自由になれましたし、十二番隊ならご近所ですからね」

と事もなげに答える
松本のいかにも些事だと言わんばかりの返答に
用意していたはずの
「ありがとう」と続ける機を逸してしまう

また言えなかった


松本は俺に礼や侘びの言葉を言わせないのが実にうまい
いつも先回りして、ただでさえ滑らかでない俺の口を塞いでしまう

日頃は浮竹の頼んだわけでもないのに届く菓子やらなんやらに
人からなにかしてもらったらありがとうと言うのが当然です、だの
たまに松本がとっておいた菓子を知らずに食べてしまうと
謝ってください、ごめんなさいって頭下げなきゃ許しません、だのと息巻く癖にだ

肝心なところでこういう女だ


松本は普段はうるさいぐらいに構ってくるし、我が儘だし仕事はサボって寝てやがる
だが大事なとこでは俺には一言もないし、一人で勝手に全部やっちまう
しかもそういうときの仕事は速い

今度だって松本は十二分に傷ついただろうに俺にはなにも言わないで
むしろこうして俺を気遣う

まったく目が離せない厄介な女だ


だいたい松本が雛森を見舞うのは辛いことのはずだ

雛森はまだ現実を正しく受け入れていない
雛森は藍染の偽の死体が晒されたとき、市丸が犯人だと思った気持ちをいまも引きずっている

すべての元凶は市丸で藍染は巻き込まれただけだと信じていたいのだ

だから俺は本当は、松本が雛森と話すのが良いこととは思っていない




隊長は私が雛森を見舞うことに神経を尖らせている

本当は私と会わせたくないのだ
隊長は雛森を案じ、私のことも気遣っている

私が雛森を見舞うのは行きたくとも行けなかった隊長の代わりのつもりでもあったが
雛森のことが他人事に思えなかったからだ


雛森にとってみればある日、天地が逆さまになったのだ
混乱して当然だ

尊敬し憧れ、目指した隊長のもとにたどり着くまで努力をかさね
ようやく副隊長として馴染んできた
これから先ずっと藍染とふたりで隊を担っていくと信じていたに違いない


雛森が嬉しそうに藍染と連れだって歩くのを見て
自分もおなじようにしたかったのだと、しみじみ思ったことがあった

藍染とともにいる雛森が浮かべる手放しの笑みを
いつかは自分もできる日が来るのだと信じて副隊長まできた

幸せそうな雛森を見ることは自分の望みがかなっていないことを知らされると同時に
望みをつなぐ小さな希望でもあり、慰めでもあったように思う


それなのに藍染の優しさも穏やかさも謙虚さも、
平和を望む志さえも
これまで五番隊をともに支えてきたなにもかもが偽りだったと告げられたのだ
雛森が耐えられるはずがない


それに藍染は雛森だけでなく護挺のすべてを欺いていた
ほかの誰かが、もしかしたら自分が雛森の位置にいたとしてもおかしくはなかったのだ

だが自分にはギンがいた
ギンが自分を藍染から遠ざけてくれていたのだ
だから今もこうして無事でいられる
他でもない、望んでも手が届かなかったはずのギンのしてくれたことだった


隊長は雛森が私のまえでギンを非難するのを聞かせたくないのだろう
そしていつかどこからか私とギンが幼なじみであることを知る雛森が
それをどう受け止めるのかを案じている

隊長は優しくて細やかな気配りのできる男に育った



「隊長、雛森のお見舞いに行くならうちの庭の山茶花を一枝持っていったらどうです?
椿とちがってお見舞いにも大丈夫ですよ。
一枝だけなら香りも強くないですし。」

「ああ」

また松本に気を使わせている

隊長ってば私に気兼ねなんかしないで早く行けばいいのに
幼なじみに代えはきかないんだから

「あ、隊長。帰りに開運堂の」「羊羹だろ」

よくおわかりで
乱菊はニッコリしてみせる

わからいでか
どうせそれも俺が行きやすくするために言ってるんだろ


考えることのほとんどは互いに食い違っている主従なのに帳尻だけは合わせてくるのが十番隊のいいところ
隊士はじめ近しい隊長格たちはみなそう思っていたが、本人たちだけは気がついていない

それはいままでで最もつらい戦いを経た後でも変わらずにいる
だがそれを知る者はいまはまだ一人もいなかった



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