book2

□乱菊+砕蜂
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乱菊+砕蜂



草むらになにか黒いものが見えた
なんだろうと思って近寄って拾い上げる

小さな黒猫を象った飾りだった
根付けかと思ったそれは、中に綿が入ってふわふわとして
織姫が携帯電話につけているマスコットのようだ

こんな可愛らしいものがどうしてこんなところにと思うと同時に二番隊隊長の顔が思い浮かんだ
砕蜂の黒猫好きは本人は隠したがっているようだが一部の隊長格のあいだでは既に周知の事実だ

乱菊はあとでそっと砕蜂隊長に届けようと懐にしまい込む

だが自隊に帰りつくまえにその砕蜂隊長に行きあった


さっそく黒猫を差し出そうと声をかけるより先に問われる

「松本、この辺でなにか見かけなかったか?
その、…小さくて黒い…なにかだ」

いつもは厳正で苛烈にもみえる砕蜂隊長が
自分で尋ねながら尻すぼみに恥ずかしがっていくのが可笑しい

死神に年齢と外見の関連性などまるでないのに
はじめて砕蜂隊長が見た目通りの少女にみえた

乱菊が口を開くより先に砕蜂が続ける

「ただの飾りなのだが、このところの鍛錬に欠かせぬ物でな」

小さな黒猫が鍛錬にどう欠かせないのかわからないが
堪えていた笑いが顔に出てしまったらしい

即座に砕蜂が反応した

「なっ、なんだ松本!!
よいか、本当に大事なものは手放してはならぬのだ。
いつ最後の別れとなるかもわからぬのだ。」

「隠密機動に未練などという言葉は存在せん。
常に全力だからだ。
だから私は…」

だから私はいま全力で黒猫を探している

そう続くにちがいない

でも砕蜂は未練はないと言いながら無くし物を探す矛盾に気付いたのだろう

そしてなにより、言う必要のないことをなんの関わりもない乱菊にぺらぺらと話している状況を認識したのだろう
焦りが口を滑らせ照れが認識を遅らせた

決まりの悪い顔をした砕蜂が所在なさげに視線を逸らす


ここまで口を開く暇のなかった乱菊もさすがにもう弁えていた

ここで助け船を出さなければ
こちらは本当に年若い少年隊長の副官である資格がない

懐からさっと黒猫を出して言う

「これ、拾ったんですが砕蜂隊長の捜し物の役に立ちますか?」

なっ、それをどこで!?
慌てて黒猫を自らの手に取り返した砕蜂が問う

向こうの草むらで、と答えると

「その場所に私の捜し物があるかもしれぬ。
松本、恩に着る。」

と早口で告げた砕蜂が目で礼をすると瞬歩で消えた



なんだったのか…

本当はわかるがわからないことにしておこう
死神にも情けはある

砕蜂はよほど恥ずかしかったらしい
でも、なにも瞬歩で逃げなくともいいと思う

「それにしても砕蜂隊長、可愛かったなぁ〜」

独り言が口をついてでる
あれは砕蜂の手造りだろう

隠密機動の役目柄、匂いをまとうことさえできない砕蜂が
どうやって黒猫を隠しながら持ち歩いていたのかと思うだけで微笑ましい


乱菊は砕蜂の人となりを詳しくは知らないが、見た目通りの人なのだと思っていた

強くて任務に忠実で真面目で自他ともに厳しく、鍛錬を怠らない人
そこに今日、可愛らしい、が加わった

双極の丘の戦いのあとで
砕蜂が二番隊隊長と隠密機動総司令官の座についた経緯を乱菊は初めて知った

その前任である四楓院夜一の顔も双極の丘で初めて見た
名だたる大貴族四楓院の名はその役割とともに霊術院で習うが
乱菊がその当主を見る機会などない平隊員のうちに夜一が姿をくらましたのだ

夜一の出奔に砕蜂は酷く傷ついた

そしてその悲しみと夜一を敬愛するが故の怒りでひたすら鍛錬に打ち込み、
ついにはかつて夜一のものであった二番隊隊長と隠密機動総司令官の座についたのだ

そう語った享楽は
その頃の砕蜂ちゃんは見ていて痛々しいほど必死だったよ、と付け加えた


それを聞いて乱菊は身につまされる思いがしたものだ

置いていかれる悲しみも怒りもよくわかる
なにかに必死にならずにはいられないこともだ

砕蜂はかつて夜一のいた隊長と総司令の座を目指し
乱菊は霊術院を、死神を、死神になってからは席次でギンに近づくことを目指した

だが乱菊は近づいても拒まれ追いついた先でも拒まれ、結局手をこまねいた
そこから先、どうすればいいのかわからなくなったのだ

片や砕蜂は隊長と総司令の座を今日まで守り抜き
夜一よりよほど在任期間の長い隊長となった

そして夜一と再会した折りには砕蜂のすべてをもって戦った

乱菊は砕蜂は強い人だと思う
戦闘のことではない、その心がだ

砕蜂と夜一が和解に至ったのはひとえに砕蜂の努力と心の強さの賜物だろう
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