book2

□ギン+やちる
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ギン+やちる



「やちるちゃん、それどないしたん?
可愛ええね」

趣味の散歩と称してふらふらしていて、やちるに出会った

「ギンちゃん。
えへへぇ、いいでしょ。
らんらんがつくってくれたんだよ」

やちるが苺の飾りのついた髪留めをみせてくる
満面の笑みが広がって得意そうだ

「十番副隊長さんが?
やちるちゃんによう似合おうとるよ。」


やちるが言うにはおやつをもらいに寄った十番隊で、死覇装の裾のほつれを直していた乱菊とおしゃべりをした

話の流れから裁縫箱のなかの端切れに目を留めた乱菊が後日くれたものらしい


「なんの話しとったん?」

単純にうらやましかった
どんな話をすれば乱菊の手作りの品など貰えるのだろう

自分などはここしばらくは目も合わせてもらっていないというのに

「んーとねぇ、スイカと桃が美味しいって話して、苺も好きって言ったら
らんらんがそう言えば昨日の月は少し赤かったでしょって。」

「夏の月は赤くみえるからストロベリームーンって言うのよって」

それであたしの髪は苺色だからってらんらんが


最後はあまり聞いていなかったように思う
なんだか懐かしくて記憶をたぐり寄せる方に忙しかったからだ

そうだ、それは自分が教えた
夏の月は低いところに出るうえに水蒸気で邪魔されて赤っぽく見えるのだと
それをストロベリームーンと呼んだりするのだと

物知り顔で乱菊に語ったのは少年の頃の自分だった

乱菊は目を輝かせて聞いてくれた

「ギンはなんでも知ってるのね」

とー


乱菊のことならなにひとつ忘れていないと思っていたが
夏の月を見てもこのやりとりを思い出したことは一度もなかった

乱菊は自分が教えたことをずっと覚えていてくれたのだろうか

変わってしまったのはむしろ自分の方だったのか
これについては自信がなかった

隠し事も殺しも必要ならば抵抗がないのは元からだが
それでもあまりにも慣れすぎた自分は
乱菊と並んで立つにはもはや汚れすぎてはいないだろうか


それなのに乱菊は自分が教えたことをこうしてやちるに手渡して
知識といっしょに記憶も思い出もつないでくれた

乱菊はこんな自分に両手にあまるほどの優しさをくれる
いつでもそうだった

こんなに遠くなってしまった今でもだ

手作りの品を羨ましがった自分に我ながら呆れてしまう

自分はなんてしあわせ者なんだろうと思う
胸いっぱいに広がったその気持ちをかみしめる

乱菊がくれるものはどうやっても返しきれないだろう
無性に乱菊に会いたかった


明日は宵宮だ
護挺も常よりは夜半の出入りが多く、自分がふらついていてもあの男とて注目しないだろう

いちご飴でも乱菊の部屋にそっと届けておくくらいはできるだろう

やちると別れたその場所で、月の出まで待ってしまった自分を滑稽に感じながら
見上げたストロベリームーンに
いちご飴を喜んでくれる乱菊を重ねて思い描いていた


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