book2

□日番谷+吉良
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日番谷+吉良(ギン乱)



昼過ぎに珍しく仕事がひと段落した
それでいつもよりずいぶん早くに雛森を見舞いに行くことにした
雛森はまだ目を覚まさないが順調に回復している

十二番隊の雛森の病室に割り当てられた部屋は日当たりも風通りもいい
失礼ながら一寸意外に思ったが涅副隊長が配慮してくれたらしかった

行ってみると雛森の部屋の戸が半分開いていた
中から微かに旋律が聞こえている

思わず手を止めて息を潜める
雛森の声ではない
男の声だった

それにこの旋律はどこかで聴いたことがある


「ひっ、日番谷隊長。いらしてたんですね。すみません」

鼻歌が止んだ
中にいたのは吉良だった
戸口に立っていた俺に気づいて慌てて腰を浮かせる

「いや、時間ができたから寄ってみたんだ。
お前も来てくれてたんだな」

いや、その、と吉良がはにかんだように言葉を濁す

雛森の同期の吉良や阿散井が来てくれているのは聞いていたが
これまで鉢合わせしたことはなかった
気を使ってくれているんだろう


「吉良、さっきの歌は…」

余計なことは言わずに当たり障りない話題を選んだつもりだった

だが吉良は立ったまま、さらに口ごもった

「どうした?」

「これは…人が歌っていたのを聞いたんです。
その…市丸、隊長が」

大逆の罪人のまま死んだ男の名を言いにくそうに
吉良は俺を見ずに小さく答えた

「そうか。
見舞いが済んだなら行くか」

立ったままの吉良を促して部屋を出る
意識が戻らないとはいえ、雛森に藍染に関わりのある人間の話を聞かせたくなかった

だが吉良は勘違いをしたらしく、もともと血色の悪い顔を青くした
だから吉良が弁解を始める前に制す

「別に咎めだてしようってんじゃねぇんだ。
ただ雛森のいないところの方がよかった。
それに俺も聞いたことがあるんだ、その歌…」

驚いた顔の吉良に苦笑して続ける

「歌詞があるだろ。」

ねんねした子に 羽子板と羽根と
ねんねせん子に 羽根ばかり 羽根ばかり
盆と正月 一度に来たら 昼は羽根つき 夜は踊る 夜は踊る


記憶にあるままを歌うともなく口にすると
吉良はさっきよりも青くなれるのかと
こっちが驚くような顔をした

「こうじゃないのか?」

「それ、誰に聞いたんです?」

「松本だ。俺が調子の悪いときに面倒を見に来ては歌ってたから何回か聴いたことがある。」

「そうですか。」

吉良は合点がいったとでも言うように、少し悲しそうにまた下を向いた



俺は松本と市丸が幼なじみだったことをこうなるまで知らなかった
あの開けっぴろげな松本が一度も口にしたことがなかった

精霊挺でも知るものはいなかっただろう

だから松本と市丸が幼なじみだと聞いたところで実感がわかなかった
幼なじみと言えば俺と雛森のような、
阿散井と朽木ルキアのような近しい関係しか思いつかない

松本と市丸が話しているのを見た記憶も碌にない
だが疑うつもりもなかった
いまの松本を見れば松本にとって市丸がかけがえのない人間だったことはわかる

ただ俺のもっとも身近な存在と言っていい松本に幼なじみがいて、そのことを俺が知らなかったこと
しかもその幼なじみがよりにもよって市丸だということにしっくり来ていなかった


だが松本と市丸がおなじ子守歌を歌うなら、昔をともに過ごしたというのも自然なことのように
このとき、はじめて思えていた

いつか、松本が年の瀬にその歌を歌っていたから
熱があった俺も夢うつつになんだそれ、と突っ込んだ覚えがある

松本も昔、市丸に歌ってもらって覚えたのだろうか


そう吉良に言うと、吉良は松本さんが歌ったのはその歌詞だけですか?
と聞いてきた

「あぁ、松本はそれしか歌わねぇが…」

不審に思って目で先を問う

「市丸隊長が歌ったのはおなじ曲でも歌詞はぜんぜんちがうんです。
市丸隊長の歌ったのは

想うて想いおうて添うのが縁や、親が添わすは無理の縁
添うて苦労は世情のならい、添わぬ先から苦労する

って歌詞なんです。
旋律も歌詞も、歌う市丸隊長ももの悲しくて、つい覚えてしまって…」


松本と市丸の歌う歌詞はあまりにもちがっていた

松本に歌を教えたのが市丸なら
市丸は松本に自分が歌った歌詞は教えなかったのだろうか

松本には愉快な歌詞だけを教えてあとは隠したのか
まだ子どもの頃の話だろうに市丸のやつがやりそうなことだと思った


だが悲しい歌さえ遠ざけるほど大事にしていたのなら
なぜずっと側にいなかった
なぜ市丸がいまさら悲しい歌詞を歌う必要がある

藍染を裏切るなら他にもっといいやり方はなかったのか

.

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