book2

□乱菊+ギン
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乱菊→ギン



午後いっぱい降り続いた小雨はまだ止まない
夏至を迎えて宵闇にはまだ早い時刻、
乱菊は隊舎内を自室のある棟へと向かっていた

庭に面した廊下を歩けばたっぷりと潤った木々と土の匂いがする

なんとなく懐かしいかんじがする

酒を飲みに行く約束を珍しく億劫に感じた



立ち止まって薄闇に沈みつつある庭木を眺める

『乱菊、早く雨止まんやろかー』

記憶のなかの幼い少年のやわらかい声が蘇る


あのころ、乱菊は降り止まない雨が嫌いではなかった
むしろ好きだったのだ

日頃じっとしていない少年が大人しく自分の傍らにいるのだから

でもそのことは少年には打ち明けずに自分の胸の中だけにしまっていた

いつもいっしょになって『そうだね』と答えていた



こうして過去に浸れるようになったのも大人になってからだ

死神を目指し、一刻でも早く彼に追いつこうと必死だったころには
彼を思うだけで張り裂けそうになる胸が苦しくて

いつかまで待っていて、いまはまだー

と心の奥底に無理矢理押し込めて蓋をしてきたのだ

捨て去って楽になれる胸の痛みならとうにそうしていた


ようやく今なら大事にしてやれなかったあの頃のぶんまで
自分の気持ちも思い出も大切にしてやれる

それだけの余裕が自分にはできた


そう思えば床に張り付いたようになっていた足が自然と動きだす

「よし、やっぱり今日は飲むぞ!!」

声に出すと途端に酒が恋しくなるから現金なものだ

支度を済ませた乱菊は
小さな秘密を抱えたあの時とおなじ暖かさを胸に大切に抱いている

もう集まっているだろう飲み仲間のもとへと小雨の中を出かけていった



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