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□吉良
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僕は結局、最後まで市丸隊長に会うことができなかった

もう一度会って確かめたかった
いつか僕を置いていくつもりで今まで副隊長にしていたのかと

いや、聞くまでもない
市丸隊長はそのつもりだっただろう
状況からそうとしか判断できない

聞いたところで市丸隊長ならいつもの笑みを浮かべたまま
アッサリと「そうや」と答えただろう
その様子まで目に浮かぶ

それでも僕は市丸隊長に否定してほしかった
僕を必要としてほしかった




市丸隊長は確かに誰からも好かれるタイプじゃない

むしろいつも喰えない笑みを浮かべては意地悪を言って他人を寄せ付けない

交友関係はとても狭いと思う
友だちと呼べる人はいたんだろうか

でも周囲が言うほど冷酷だったり残忍だったりすることはないと、僕は思う

僕は市丸隊長の副隊長だから意地悪をして寝込まれたら仕事に困るから
単にそれだけだったのかもしれないけれど…


よく考えたら隊長として以外の市丸隊長のことはよく知らない
隊長からご自分のことを語ることもまずなかった

流魂街出身で統学院を一年で卒業した天才で
藍染隊長のいた五番隊に入って、副隊長まで登り
現在は三番隊隊長

こんなことは平隊士でも知っている

今更だけど、市丸隊長は休日はなにをして過ごしていたんだろう
仕事中ならよく散歩でいなくなったけど…


言葉にするとあまりにも微かな、その人についてなにかを知っているとはとても言えないふとした目線や表情、
そんなものにこそ本当の市丸隊長が垣間見えていたような気が、僕にはしていた

あれはいつか僕が雛森君からお裾分けにと飴玉をもらった時のことだから随分まえだ
僕はなんの気なしに市丸隊長にも勧めた

顔を上げた市丸隊長は琥珀色に透き通った飴玉を見やると
しばらく動きを止めた
そして静かに口を開いた

「イヅルはこないなおやつを小さいときにもよう食べとったん?」

「はい、偶にですけど。母が好きで…」

「そうか」

それきり市丸隊長は口を閉ざした
僕はなにか気に障ることでもあったかと一瞬肝を冷やしたけど
そのあいだ中、僕ではなく飴玉から離れない市丸隊長の目線がひどく気になった

それはとても懐かしそうで嬉しげで、それでいて悲しげで

束の間のことなのにとても長い時間に感じられた


あのとき市丸隊長はなにを思っていたんだろう

誰かを思っていたんだろうか

誰か思う人がいてくれたらいいと思う


そしてなぜか
あの時身を起こすのもやっとなはずの松本さんが瓦礫のなかを走り去った、その表情が思い出される

松本さんが向かった先に味方の死神はまだいなかった


なぜだかわからないけど喉の奥が熱くなる気がして
それ以上考えることを諦めた



土壇場で藍染隊長を裏切って斬られたという市丸隊長は
いったいなんのためにそんなことをしたのか

目的のために周りのすべてを欺いてきた藍染隊長とは違って
常に周囲と距離を置いていた市丸隊長はみんなを裏切った先で
さらに藍染隊長をも裏切ることをずっと以前から決めていたんだろうか

いったいなんのためにそんなことを…


報告書には一切書かれていない
けれども僕にはなぜだか少しだけわかるような気がした



隊舎脇の柿の木が湿り気を含んだ風で揺れている
市丸隊長が植えた柿木だ

きっと僕は今年も
これまで市丸隊長に命じられるままやってきた干し柿をまた作るだろう

市丸隊長がいなくとも美味しく作れるだろうか

僕自身は食べたくないけれど…

松本さんにも手伝ってもらおう
松本さんならきっと、手伝ってくれると思う













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吉良は健気ないい仔不憫な仔(泣笑)

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