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□小悪魔ですね
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−放課後
私は長い廊下を走っていた。
早く寮に戻ってテレビが観たかったから。
恋愛ドラマの再放送を。
ハァハァと息を咳切らせ、尚も走った。
そこに突然現れた障害物。
避けきれず思い切りダイブ。
「きゃぁっ!」
「おっと」
人だったらしい。声が降ってきたかと思うと、今度は左右から伸びた腕が私を包み込む。
驚いてそっと顔を上げると、知ったピンク色の頭。
「志摩くん!」
ポカンと口を開けた間抜け面の私に志摩君はニッコリと笑いかける。
「雛ちゃんやんか!廊下走ったらアカンのにぃ」
志摩君は私の頭を撫でながら、楽しそうにからかってきた。
「きっ今日は、観たいドラマあって…急いでたから…」
志摩君のさりげない仕種が私の心臓をドキドキさせる。顔が熱い。
「そうなんやあ」
気付いてるのか気付いてないのか、志摩君はまだ私から離れない。
「あっあの、だから…私もう行くね」
「…」
「?」
ドラマが観たいというのも理由だが、これ以上は心臓が持たないという意味でも、私は志摩君から離れようと言葉を口にした。が、彼はさっきよりも幾分か企んだような笑顔で私をがっしりと掴み直した。
もちろん全く行動の意図がわからない。
「あの…?」
「急いでるんやんな?」
「?うん、そうだよ」
意味深な再確認。
「通りたい?」
「え?そりゃ…」
「じゃあチューして」
真っ直ぐに目を見つめられた。
視線を絡ませたまま固まった私は、志摩君の言葉の意味を理解しようと必死に頭を回転させる。だが理解しようとすればするほど、冷静さに欠けた私はパニックを起こしたように脳内がぐちゃぐちゃになる。
考えるまでもなくキスをしようと言われた訳なのだが。
「ちちちちち」
「そう、チューな」
ボンッ!そんな効果音がそのまま当て嵌まるだろうか。顔に一気に熱が集まる。
「なななな何を言って」
「アハハ、冗談やないで」
「冗談じゃないのかよ!」
「ツッコミ上手いなぁ」
キッと睨むと志摩君は首を竦めて微笑む。
不意に頬に触れられたかと思うと、再び志摩君の真剣な目に捕らえられた。
顔の距離が近くなり鼻先が触れ合う。
「ちょ…ほ本気で」
「当たり前やんか」
「…っん」
腰に腕が回り、頬を撫でていた手の平が私の顎を持ち上げた。そっと人差し指で唇を撫でられ、思わず声が漏れる。
「…可愛いなぁ、雛ちゃん」
志摩君の瞳が伏せられ、そのまま距離が縮まる。私はギュッと拳に力が篭った。
(嗚呼…私、このまま…)
「ナニやっとんや、志摩」
顎を捕まれた状態で止まった私は、後ろから発せられた声に肩をビクッとさせた。おまけに顔がめちゃくちゃ近い。
「坊!」
驚いた様子の志摩君に体を離され、振り向くと呆れ顔の勝呂くんと顔を赤くした子猫丸君が居た。
「あっ…っ」
私の顔から一気に血の気が引く。こんなところをクラスメートに見られてしまったのたがら当然と云えば当然。
「お前なぁ…こんなトコで女の子襲っとる場合ちゃうやろ」
「ハハ、すんません」
あんなに離れてくれなかった志摩君が勝呂君の一声で私から離れていった。
「塾の時間ですよ」
「そやった、そやったあ」
「ほら、行くで」
勝呂君は、「堪忍な」と一言呟いて私と逆の方向に歩いていった。それに子猫丸君と志摩君も続く。
ちらりと私を見た志摩君。
「また今度しよなあ」
ニヤニヤしながら手を振っていた。
ポツンとその場に独り立ち止まる私。
両手で顔を覆って自分を落ち着かせる。
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