Starry☆Sky
□決裂
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その日はいつも通り、本当にいつも通り日常を過ごしていた。
朝はいつもの時間に待ち合わせをして、あいつも遅れずちゃんと来ていつものように『おはよう』って言って。
授業が始まるとすぐさま机にうつ伏せて寝るあいつにため息をついて、担当の陽日先生に怒られたあいつに今度は苦笑して。
昼もいつも通り、誉と桜士郎と俺とゆきほとの4人で食べて。
午後は体育でちょっとあいつの機嫌を損ねてしまって。
保健室に行って星月先生に鞄と伝言を頼んで、あいつの寝顔を確認してから生徒会へ向かった。
きっと、いつも通り直ぐにちょっと不機嫌なふりして生徒会室に現れて、それでも俺が笑いながら悪かったと謝ってあいつの頭を撫でればあいつは許してくれて。
そして、またいつも通りその日が終わると思った。
なのに、どうして…。
「おはよう、一樹」
「っ…ゆきほ、お前…!?」
あの後生徒会に来ないから少しおかしいとは思った。
でも、それほど機嫌を損ねたんだと思って明日また謝れば良いと思っていた。
それなのに、今俺の目の前でいつものように微笑むゆきほに驚愕せざるを得ない。
あまりにもいつも通りすぎるその笑顔に俺の時が止まる。
「一樹?」
唖然としていた俺にゆきほが不思議そうな顔をして俺の顔を覗きこむ。
「っ…お前なにしてるんだよ!」
怒鳴り声をあげてゆきほの肩を両手で掴むと、ゆきほは両目を丸くした。
ゆきほの大きな二つの瞳が俺を見つめる。
こんなこと、絶対にあってはならないんだ。
ゆきほの左目を隠すように少し長かった前髪はしっかり目が見えるように切り揃えられ、歩くたび揺れていた髪は肩下で揃えられ、そして、こいつの身を守るはずの眼帯はなくなり、俺をその大きな両目で見つめ続けている。
「自分が…何をしてるかわかってるのか?」
「……そんなに真剣にならなくても私が決めてやったことだから勿論わかってるよ」
「ふざけるな!」
ヘラヘラと笑うゆきほに俺は手に力をいれた。
「一樹…痛い、離して」
「離さない!どういう事か説明しろ!」
おかしい。
こうしている間にもこいつの目には視えているはずだ。
それなのに、ゆきほは表情一つ崩さない。
我慢してるだけか…?
少し慌ててゆきほの左目を抑える。
だけど、ゆきほはそんな俺の手を払いのけた。
「大丈夫、視えてない」
「どうして…っ」
「……、私ね、決めたの。もう誰にも甘えたくない。誉ちゃんにも桜士郎にも後輩にも先生達にも……一樹にも」
「意味わかんねえよ!」
「一樹…幸せそうだよね」
「は…?」
ゆきほの表情が曇る。
幸せ…?
ああ、確かに俺は今幸せだ。
俺を慕ってくれる学園の皆がいて、先生達もいて、そしていつも俺の隣で笑ってくれるゆきほがいて。
「一樹はきっとこれからも幸せいっぱいで暮らせるよ。今までいっぱい辛い思いしてきたんだから。だから…私はその一樹の幸せの邪魔したくない」
「邪魔って…、お前が邪魔してるわけないだろ!お前が隣にいないと俺は幸せじゃない!」
「それじゃ駄目なの!」
久しぶりにこいつの怒鳴り声を聞いた気がした。
ゆきほの目にじわりと涙がたまる。
俺は思わず息を呑んでしまった。
「私も一樹に隣にいてほしいって甘えちゃう。でも、今の私じゃ一樹に迷惑ばっかりで…」
「お前…目の事言ってるのか?」
「っ…」
「お前を庇ったりフォローするのが迷惑だと思っているやつがいると、本気で思ってるのか?」
「でも、皆に迷惑かけてるのは事実だもん!一樹だって…私の事で悩んでほしくない!」
「だから…迷惑じゃないって言ってるだろ!」
俺の怒鳴り声にビクリと肩を震わせたゆきほ。
こらえていた涙が、一粒流れ落ちた。
「一樹と…ずっと一緒にいれるわけじゃない。…これからもずっと面倒見られるのなんて嫌だ…!だから私はこの学園に来たし、今まで力をコントロールできるようにいっぱい勉強してきた」
「だけど…完璧じゃないだろ!その状態で外せば…お前自分の身体がどうなるかわかってるのか!?」
「そんなの自分が一番よくわかってるよ!」
「だったら…!」
「それでも一樹に迷惑かけるのは絶対にいや…っ!」
一粒流れ落ちた涙は、量を増やしてゆきほの頬を流れていく。
俺…こいつの事どうしてこんなに泣かせてるんだ。
俺はこいつの笑顔が大好きで、ずっとその笑顔を守りたくて、こいつを守ってきたんじゃないのか…?
なのにどうしてゆきほは両親が死んだ時みたいに…、一人部屋で誰にも見つからないように、声を押し殺して泣いてた時みたいに…こんなにも泣いてる…?
あの時決めたはずだ。
もう、こんな風に悲しい思いはさせないって。
なのにどうして、
「なんでそんなに泣くんだよ!」
「っ……ごめんなさい。……もう、一樹の邪魔しないから…」
「っ…」
「もう……私の事気にかけなくて良いか…、……っ!?」
嫌な…鈍い乾いた音がなった。
驚愕して、左頬をおさえて俺を見つめるゆきほ。
俺は右手を左手で握りしめて、やってしまったと後悔する。
「っ…悪い…俺は……、」
「っ…」
「…おい!ゆきほ!」
頬をおさえたまま、俺に背を向けて学園へ走っていくゆきほ。
あいつがあんなに涙を流すのは、両親の葬式の日、二人の部屋でただ必死に声を圧し殺して一人泣いていた時以来だった。
俺の何がいけなかった…?
俺の何があいつをここまで追いつめた…?
俺はどうして…一番見たくなかったあいつの涙を俺が流させてる…?
『決裂』
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