ショート
□いいふーふ
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俺が幸村に殴られたのは「おはよう」と言われた次の瞬間だった。
一瞬何が起きたのか理解できず、地面にべちゃりと叩きつけられた俺は痛む頬を反射的に手で押さえていた。
「痛い」
「そうだね」
一体この俺に何の恨みがあるというのだろう。
あ、この前幸村の格好でコマネチしてたからかな。でもこれはやり過ぎな気がする。
「何でこんなことすん」
痛む頬をさすりながらそう聞くと、奴は真顔のまま「は、」と言った。
「覚えないとかばっかじゃないの、昨日ブン太に何した?ブン太あの後、俺に泣きついてきたんだよ。ふざけんじゃないよ、俺の可愛いブン太を泣かすなんて」
思い出した。昨日の帰り際、俺は丸井に「また肥えた?」と聞いたのだ。ほんのちょっとからかうつもりだったのだが、丸井の目にはみるみるうちに涙がたまり、その後は俺を置いて帰ってしまった。俺は自分に都合の悪いことをすぐ忘れる癖を恨んだ。
「ブン太を泣かせて殴るだけで済むと思うなよ」
幸村の影が近づいてくる。
「え、もしかしてイップ…」
もう駄目だ、と思った刹那「幸村君やめてっ!」と聞き慣れた声がした。
バッと俺の前に立ちはだかったのは丸井だった。
「ブン太……、仁王にはお仕置きが必要だと思わない?」
「…俺だってそう思うよ。でもこんな事で幸村くんに迷惑かけちゃ駄目だし、それに……」
幸村が「なに?」と聞くと、丸井は「仁王とちゃんと話し合いたい」と俺の方を向いて言った。
幸村はしぶしぶ頷き、俺たちに二人で納得いくまで話し合うよう言った。
「まあ、俺はいつでもブン太の味方だから」
こうして俺たちは二人きりになった。
「なあ、」「……」
ごめん、と丸井に聞こえるか聞こえないか位の声で言うと「ばか、そんなこと気にしてねーし」と言ってきた。
「それより今日なんの日か覚えてねーの」
え、今日ってなんの日。記念日でもないしどちらかの誕生日って訳でもない。
「ワンワンにゃんにゃん、の……日?」
「ぶはっ、なにそれうけるー。目瞑ってて」
仕方なく目を閉じると指に何かがはまる感覚がした。
指にはめられていたのは小さい女の子が持っているような安っぽいおもちゃの指輪だった。
「正解はいい夫婦の日でしたっ!」
束縛するようなの嫌いだけど夫婦の日だし何かしたくてさ、と丸井は照れ笑いしながら言った。
「嫌だったら外していいから」
「……そ、」
「へ?」
「そんなことせん!ずっと着けとくし絶対なくさん!大事にするっ!」
そういうと丸井は少し笑ってから「ありがとう」と優しく微笑んだ。
「あ、でもデブって言ったのは忘れねーからな」「ピヨッ!?そんなこと言ってなかよっ」
「まあ、幸せ太りかもしんねーけどな」
そう言って丸井はセーターの隙間から俺と同じおもちゃの指輪を見せた。
「幸せになろーな」
「いい夫婦にな」
いいふーふ