青の祓魔師

□しっぽのきもち
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 ビャ〜ッと大きな泣き声が浴室から響き渡った。
「あ〜、もう…」
 素っ裸のまま、男一人と幼児が二人。
 双子に挟まれて、獅郎は頭を掻きながら立ち尽くす。
 彼を遮蔽物にして、双子は対峙していた。
 雪男はオンオン泣いているし、燐はまだ怒りが収まらぬのか弟を睨みつけていた。
 隙があったら、また叩こうとするので、獅郎は自分を盾にして雪男を守っている。
「燐、お前、お兄ちゃんだろ。いい加減にしろ」
「俺、悪くねぇもん! 先にやったのは雪男だろっ!」
 キカン気の強い子供は頭に血が上ると言う事を聞かない。唸りながら膨れっ面する。
 ギロリと獅郎を見返すと、また雪男の泣き顔を忌々しげに睨んだ。
「あれ、どうしたんですか?」
 修道士の井川が騒ぎを聞きつけて顔を出した。
「あ、まぁ、こいつらがな…」
 獅郎が顔を上げた一瞬の隙を突いて、燐はまた雪男の頭をピシャンとぶった。
 雪男は火がついたように泣き出す。
 そのまま、身を翻し、燐は脱兎の如く部屋を飛び出した。
「あっ、こら燐!」
 おかげで廊下はビショビショだ。獅郎は溜息をつき、バスタオルを一枚井川に放る。
「すまんが、燐をとっ捕まえて、よく拭いてやってくれ。風邪引いちまう」
「はぁ、一体どうしたんですか?」
 修道士の中で井川は燐を然程恐れていない部類だったが、ベルセルク染みた怪力は別問題だ。
 たかがタオルで拭く為に結界を張る事態にしたくない。
 憤怒さえ収まれば、至って素直なのだから、事情は聞いておきたかった。
「珍しいですね。ケンカしても、燐君が雪男君をぶつなんて滅多にないのに」
 怒りの余り、幼稚園で獅郎の肋骨を折って以来、燐は家族を傷つける事を恐れるようになった。
 他人の無頓着な言動には相変わらずキレるが、理由なく人を叩く子ではない。
 弟の面倒をよく見るし、日頃は仲のいい兄弟なのに。
「いや、雪男の奴がな。燐のしっぽをいきなりギューッと握っちまってな。
 燐の奴、よっぽど痛かったんだろうなぁ」
「ああ、それで…」
 井川は合点が行った。
 覚醒していない燐のしっぽは、まだ子犬程度だったが悪魔の急所だ。
 井川も男だから、その痛みは想像できる。
「たまの事で一緒に風呂に入ったのがマズかったかな?
 この歳だと体の違いに興味を持ってもしゃーねぇか。
 燐の事は頼むわ。俺も後で行くから」
「はぁ、出来ればお早く」
 井川は猛獣狩りに赴くような顔つきでタオルを握り締めた。決死の覚悟で立ち去る。
 獅郎はもう一度溜息をつき、ようやく泣き止み始めた雪男の頭にバサッとバスタオルをかけた。
 涙でドロドロな雪男はタオルをギューッと握り締め、顔を隠す。

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