神様ドォルズ

□アニマルセラピー
1ページ/21ページ

「…さて」
 匂司朗は都会の夜空を見上げた。
 狭い。
 深い森の中にいるようだ。
 意識をスッとさせてくれる筈の澄んだ夜気も排気ガスで淀んでいる。
(さぁて、桐生は何処に行ったかな)
『見つけるさ』
 靄子に言ったものの、都会の森は村とは勝手が違う。
 村の森は豊かで一体感があるが、都会の街路樹は刺々しい。
 桐生の気配を探ってみたが壁に跳ね返るように途切れてしまう。
「んー、こっちか?」
 匂司朗は病院に程近い公園に向かって歩き出した。
 隻は無意識に人造物を嫌う。
 案山子を隠すなら、木々の多い場所を選ぶだろう。
 東京は広いが、土地勘のない桐生がそう遠くに行くとは思えない。
 だが、公園には桐生やまひるの気配を感じられなかった。
「んー、っかしいな。確かに桐生がいたように思ったがな」
 匂司朗は頭を掻いた。
 チロリと桐生の気配を階段あたりで感じたのだが、今はもう消えている。
 傍の木に手を置いてみたが、冷たい沈黙しか伝わってこなかった。
「やれやれ、ちょっと格好つけ過ぎたかな」
 この公園には屋根のある建物がない。
 一夜の宿を探しに行ったのだろうか。
 夜目も効かないし、朝から仕切り直した方がよさそうだ。
(一晩、頭を冷やす時間があった方がいいかも知れんしな)
 事故とはいえ、武未禍槌は玖吼理を傷つけてしまった。
 あれは不可抗力だ。そう判断し、禍津妃戦に集中してしまった。
 匂司朗は臍を噛む。
 桐生のショックに気づいてやれなかった。
 隻は案山子の事になると神経質になる。
 隻でもまだ子供だ。経験値が絶対的に足りない。
 まして、初めて会う詩緒や匡平に対して複雑な感情を抱えている。
 事故じゃない。わざとやったと思われた。
 そう独り勝手に思い込んで逃げ出したのだ。
(繊細だわ、キレると思考停止になるわ、匡平んちは面倒臭ぇな)
 隻の資質は非常に高いが、神経質過ぎて脆い。
 匡平が都会に逃げたのもメンタルの弱さ故だ。
 この事態の発端は阿幾の逃亡によるものだが、匡平が全ての呼び水になってるといえる。
 まひるの事もしかりだ。
 匡平が自分自身と向き合わない限り、これからも様々な事が村から追いかけてくるだろう。
(ま、相手が阿幾達や村じゃ、トラウマ克服しようにもハードル高過ぎるけどよ。
 兄弟揃って大変だな)
 匂司朗は苦笑した。
 匡平はともかく桐生は幼すぎる。あの子の後ろ楯になってやらねば。
 ただ、日向のお館が気になった。
 何の為に桐生を隠匿して飼っていたのだろう。
 桐生の扱いに堪りかね、阿幾探索を口実に村から連れ出したのだが、あっさり許可したのが却って気になる。
 使命とは別の思惑があるからではないのか。
(異境の地なら、その実力を存分に測れると思ったからか?
 でも、ならば何の為に?)
 匂司朗は地底に眠る天照素の存在を知らない。
 だが、日向のお館に纏わる妄執ときな臭さは感じ取れる。
 だから、桐生を老人に返したくなかった。
 阿幾のように失踪した事にして、何処かに匿うのも一つの手だ。
(そう事はうまく運ばねぇだろうがな)
 お館は抜け目ない。
 すぐ暗部の連中を差し向け、匂司朗の周辺を嗅ぎ回り、桐生の居場所位突き止めてしまうだろう。
 拉致されるなら、自分の手元に置いた方が安全だ。
(あのジジイが何処まで無茶するか、だがな)
 危惧が杞憂で済まない所があの村の恐ろしい所だ。
 当主の座に就けば、否応なく全貌を知らされる事になるだろう。
 それが嫌で蒼也のようにお社の事務方に勤める気になれず、出張する仕事ばかり引き受けている。
 新婚なのに、嫁のきぃには申し訳ない話だ。
(こりゃ、匡平を責められねぇな)
 匂司朗は苦笑した。だが、次期当主となれば責任からは逃れられない。
 ならば、少しでもお社や村を変えていけないだろうか。
 桐生のような子供を二度と出さない為にも。
(村に吹く風が変わり始めてるしな)
 隻だからこそ感じ取れる事がある。
 阿幾が逃亡した事で長らく淀んでいた村に亀裂が入った。
 それも致命的な亀裂が。
 そんな気がしてならない。
 阿幾捕獲など最初は数日程度で終ると思っていた。
 一度は捕えるのに成功したのだし。
 だが、阿幾は隻の気配を消すのが誰よりもうまい。
 東京の街に煙の如く消えてしまい、未だに足取りも掴めない。
 その上、桐生の問題が発生し、台風のようにまひるが現れ、挙句このザマだ。
 案山子の消失など考えもしなかった事態だ。
 禍津妃の爆発は匂司朗にも激しい衝撃を与えた。
 隻同士の小競り合いなど、よくある事だ。
 阿幾の例を見るまでもなく、隻が感情を爆発させるのは危険過ぎる。
 だから溜め込むより、いっそ発散させるのが村の流儀だ。
 お互いに相手の力量を知ってるし、適度な時期に仲裁が入るか、勝敗がつくのでこれまで案山子の破損程度で片はついていた。
(神の…消失か)
 お社が「阿幾の奴めが」と災厄の子扱いするのも、元隻出身が多いだけに何事か感じてるのかも知れない。
 歪んで腐った場所でも生まれ育った村だ。破局だけは避けたかった。
「阿幾か…」
 匂司朗は荒んだまなざしの痩身の青年を思い浮かべた。

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ