千夜一夜


四夜
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いつまで経っても、罪悪感が消えない。


それは、名前が目の前で笑えば笑うほど色濃くなる。


「坂田さんには、本当に感謝してます」


その言葉が責めているように聞こえてしまうのは、後ろめたさのせいだ。


捨て子だなんだと大騒ぎをしたのは、厄介事は御免だという気持ちとこれ以上ガキを養えるかって気持ちがあったから。


たまたまゴリラが通って名前を連れてった時は、ああ良かったと胸を撫で下ろしさえした。


だから、感謝なんかされる覚えはない。


罵られたっていいくらいだ。


“お前も他の奴らと同じだ。面倒だからって他に押し付けやがって”


素直に悪かったと言えるだけ、そう言われたほうがマシな気がする。


ゴリラから名前の生い立ちを聞かされてからは、余計に罪悪感に苛まれた。


来ないでくれた方が心乱されないだけマシだが、来なきゃ来ないで心配になるのを知ってか知らずか、名前は月に一度はうちに来る。


いつもは団子やケーキなんかを持ってきて、それを置いて帰っていく。


変わりなくやってるとそう聞けば、こちらとてそんなに用はない。


だから今日も一言二言言葉を交わして、はい、さようならってなるはずなのに…どうしたことか名前は去ろうとはせず、テーブルの上の団子を見つめていた。


食いたいのか?


訝しげに顔を見遣れば、「違うんです」と言う。


名前の、人の表情から感情を読む能力は身を持って知っているから今更驚かないが、こちらは名前の気持ちなど聞かなければ分からないから、ならどうしたと思ってしまう。


「…相談があるんです」


―――は?


今こいつ、何て言った?
…そーだん?
え?相談って言ったのか?


ありえない展開に驚いて目を見張る。


「そんなに驚かなくても…」


いやいや、驚くだろうよ。
雨…いや、槍でも降んじゃねーの?


名前は人の悩みや不安を感じとって、相手が何を思い、どんな言葉がその不安を取り除けるのか分かる。


俺だって、それに救われたのは一度や二度じゃない。


だが………。


こいつが自分の気持ちを吐露すんのって初めてじゃねーか?


いつだって相手の気持ちばっかりで、名前が何を考えどうしたいかなんて聞いたこともない。


楽しいかと聞けば楽しいと言うし、面白いかと聞けばおもしろいと言うからまったく気持ちがないわけでもないが、こちらから聞くのではなく、名前から話すなんてのはなかったのだ。


そりゃ、驚くなってのが無理だろ。


だから、名前が相談があるなどと言うってことは、ものすごく大変なことでも起きたのかと心配になる。


「迷惑じゃないですか?」


俺でよけりゃ聞くと言ったら、名前はそう言った。


マジで珍しいったらないな。


俺が迷惑だと思ってりゃ、わざわざ相談があるなんて言わないだろう。


迷惑かどうかなんて分かっちまうんだからな…。


なのに、それを聞くのか?


よっぽど切羽詰まってんのかねー…。


「迷惑じゃねーよ」


安心させるように言って話を促す。


「…あの…その………わたし…」
「ん?」


そんなに言いにくいことなのか?


言い淀む名前も珍しいなと思いつつ、次の言葉を待つ。


「…私………追い出されちゃうかもしれません…」


驚いたなんてもんじゃない。


言われた言葉も驚きだが、言うと同時に潤みだした目が衝撃だった。


こいつ泣けんだな。


なんて思った時には、溢れ出した涙はその頬を伝って名前の着物を濡らしていた。


「ちょっ!どうした?何があったんだ?あいつらになんかされたのか?」


まさかとは思う。


こんな年端もいかない女の子をどうこうしようなんて最低な奴はいないと知ってはいる。


だが、実際目の前の少女は泣いている。


どんなに辛いことでも泣かずに淡々と話すような奴が泣いているのだ。


やっぱり引き取っておくべきだった。


罪悪感を感じはじめた時、真選組から引き取ろうかと考えたことがあったのだが、居場所が見つかって嬉しいと笑う名前を見たら言えなかった。


自分が楽になりたいがために、一度は押し付けるように追いやった子を連れ戻すなんてのは、勝手すぎると思ったから。


だが、やっぱりあんな男所帯に置くのは危険だったのだ。


今からでも遅くないからうちに…と考えていたら、「そうじゃないんです。違うんです」と言う声がした。


「何が違うんだよ。なんかあったから泣いてんだろ?」


感じる苛立ちはみなまで言わせない名前のせいではない。


沸き上がる後悔に自分を責めていたからだ。


誰だか分かんねーが、見つけたらただじゃ済まさねー…。


自分がしたことは棚に上げてでも、名前を泣かせた奴を見つけてボコボコにしてやると…心の中で呟いた。






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