千夜一夜


八夜
3ページ/3ページ






「…苗字…」

私を呼ぶ声が脳に届く頃には、私をそう呼ぶ土方さんの声色となっていて…。

「…ここに…欲しいんだろ…?」

あの日聞いたハズもない台詞でさえ、土方さんの声で聞こえる。

欲しいかと問われることなく…だから強請るなんてこともなく…私の意思など関係ないと行われたのだから当然だ。

なのに…。

唇の端を持ち上げて、意地悪そうに笑う土方さんを、いとも簡単に想像出来てしまう。

…まぁ、この時の私は想像しているつもりもなく…本当にそんな表情をしている土方さんにされていると思っていたのだけど…。

あの日、私を通してミツバさんを見ていた土方さんが、今は私を見てる。

それが、嬉しい。

………嬉しい?

なんで…?

戸惑いは、埋められた指先に掻き乱されて…消えた。

何かを探るようにゆっくりと動いていたのは僅かな間。

ビクリと身体が跳ねたそこを、しつこいくらいに狙ってくる。

一度目とは比にならないほどの快感に、何も考えられなくなった。

「…苗字…何本入ってるか分かるか?」

わざと、ゆっくりと、羞恥を煽るように…。

「…わ…かんな、い…」

考える気にもなれなくて、間を置かずに答えれば、すぐにまた、速さを増して動きだした。

締め付ける度に関節を感じて、これじゃないと思ってしまう。

でも、それを強請ることは出来なかった。

土方さんにされていると思い込んでいても、実際はどこかで違うと分かっていたのかもしれない。

そう口走ったとしても、総悟くんがそんなことまでするワケはないのだけど。

強請って与えられなければ、嫌でも現実に引き戻されてしまいそうな気がしたのだ。

そこにいるのが、今こうしているのが、土方さんではないと我に返るのが嫌だったのだと思う。

だから、欲しいとは言わなかった。

噛み締めていた唇を解放しても、途切れることなく嬌声が零れても、その台詞を吐くことはなく…。

本能というのは、自分自身を裏切らないものだと知った。

それでも…一度呼んでしまった名は、躊躇なく溢れる。

「…土方さ…ん…もう…」

限界を訴えれば、焦らすことなく与えられた。

余韻に震える度に締め付けてしまうから、いい加減指を抜いて欲しいと身体を捩る。

「…ぁ…あの…」

抜けかけた指を更に奥に押し込まれて、何をするのかと戒めるように声を出した。

「…ひ、土方さん…?」

太ももを擽るのが髪の毛だと気付いて、もう無理だと掴む。

力が入らない弱々しいそれは、するりと髪を梳いて落ちた。

指はそのままに舌先で遊ばれて、空いた手が胸を弄ぶ。

もう、このまま息絶えてしまうような気がしてくるほど、上手く呼吸が出来なかった。

生理的な涙がアイマスクを濡らして、冷たい。

さすがに二度も果てた身体は…疲れのせいか何なのか…なかなか昇りつめなくて、ただただ強烈な快感に翻弄されるだけだった。

…もう…辛い。

気持ちいいとかを通り越して、苦しい。

「…も、いいから…やめて…ぁ…やぁ…」

制する声は掠れて、逃げるように腰が浮く。

「…逃げんじゃねぇ…」

そんなことを言われても…。

勝手に身体が動くのだから、仕方がない。

もう少し…というところを、行ったり来たりしている感覚は終わりが見えなくて…。

早く終わらせたい。

戻ることが出来ないのなら、そこに辿り着いてしまいたい。

でも、いくら集中しようとしても、無理なものは無理なのだ。

昇りきる…そう思った瞬間には、滑り落ちる。

何度も何度もそれを繰り返して、いい加減諦めるべきなんじゃないかと思いはじめた時。

「…苗字…」

ただ、名前を呼ばれただけだ。

始まってから何度も呼ばれた名を呼ばれただけ。

なのに何故か、震えた。

「…ぁ…土方…さ…ん…」

頂上を目前にして、怖くなったのかもしれない。

掴むものを探すように、手が布団の上をさ迷った。

さっきまで指先に触れていた掛け布団がなくて、胸元にあったその手首を握りる。

緩く掴んだそれを引き抜かれて…。

言いようのない不安に押し潰されそうになって、ギュッと固く握り締めた私の指を解いて、男らしく骨張った指が絡まった。

…安心した。

一人昇り堕ちるのは怖い。

今まさに襲われている感覚は先の二度とは違くて、意識ごと持って行かれそうな気がしていたから…絡まった指は一人じゃないと言われているようで…流れに身を任せる覚悟が出来た。

覚悟してしまえば、嘘のように気持ちが良くて…。

合間に呼ばれる名前の心地好さも手伝って、あっという間に昇りつめた。

…眠い。

そう思った時には、すでに夢の中だったのだと思う。

飢えを満たされて満足した身体は、堕ちたと同時に意識を閉じた。

性欲の次は睡眠。

身体を動かされる感覚に目覚めた気もしたけれど、瞼が開くことはなかった。

…総悟くん…ありがと…。

深い深い眠りにつく前に思った言葉が、声になっていたかどうかは分からない。

あんなに、何度も土方さんを呼んだのに…。

お礼を言った相手は、ちゃんと、総悟くんだった。

私のために、土方さんの物まねまでしてくれたのだ。

声質はまったく違うのに驚くほどそっくりで…面倒だったハズなのに、最後までやり通してくれたし…これでもう…思い煩うことはないのだ。

目覚めた瞬間、醜態を晒したと…あまりの恥ずかしさに死にたくなるなんて思ってもみない私は、まるで睡眠薬を飲んだかのように眠り続けた。






前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ