千夜一夜
□四夜
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「…最近、沖田さんと話しをすることが多くなったんです」
誰が何をしたのか、分かるように話してくれと言ったら、「そうじゃなくて…」と言って名前は話しはじめた。
元凶はあのドSか?イジメにでもあったか?
「いえ…たまにからかわれることはあるけど…優しくしてくれてます」
「じゃ、なんだ?」
先を促すと、俺を見ていたら話が進まないと思ったのか、団子を見ながら口を開く。
「そしたら、他の隊士さん達も何かと話しかけてくれるようになって…」
今まで一年間、どうやって暮らしてたんだ?
今頃仲良くなるとか…どんだけ時間掛かってんだよ。
「今まで私…頑張って…そこに私がいることに気づかれないようにっていうか、みんなが違和感なく過ごせるようにしてきたんです。なのに…私がそこにいるって、みんな気づいちゃったんです」
…意味が分かんねーよ。
俺が馬鹿だからか?
名前の言っていることがまったく理解できない。
空気のように存在を消すことに心を砕くって…なんでそんなことすんだ?
伺うようにちらりと俺を見た名前は、言いたいことを理解してくれたのか、言葉を続ける。
「今まで…真選組にお世話になるまではですけど…どこにいても私が目について、それに心を乱されて、それで…そのせいで追い出されちゃったんです。だから、自分を消さないとまた追い出されちゃうと思って、そうするようになって…。でも、最初は上手くやれてても、やっぱり気づかれて、で…追い出されちゃうんです」
丸く引っ掛かりがない生活に異質な物が混ざるのを、人は異常に嫌がるものだと言った。
その丸を壊さないように気を使って生きてきたのだろう。
「でも、丸じゃないのに丸に見せてるだけだから…。丸い風船の中に先の尖った三角とかを入れたら割れますよね?私はその三角なんですよ」
名前がどれだけその家の者たちの心を乱さないようにしてきたかは分かった。
そして真選組でも同じようにしてきたことも…。
だが、それとみんなと仲良くなるのがどう関係あんだ?
「分かんねーなぁ。いいことだろ?それがなんで追い出されんだ?」
「…だって…私の存在が気になり出した途端、みんな私を他の家に…。…だから、きっと今度もそうなんです…」
ああ…そういうことね。
それが善であれ悪であれ、
自分に気持ちが向く=追い出される
なわけね。
「…一年も同じ所にいるのって初めてで…私…嬉しくて…そんなこと思っちゃダメなのに、何も思わずにいなきゃダメなのに…」
そう言って名前は、また流れ出した涙を隠すように両目を手で覆った。
「…自分の居場所が見つかったみたいで嬉しいなんて…ダメなのに…」
面倒臭ぇなって思う。
もっと素直に受け取りゃいいのに、難しく考えすぎだとも思う。
でも、そうしなきゃ生きていけなかった奴の気持ちなんて分からない。
俺も肉親の顔なんざ知らねーけど、センセーがいてくれたしな…。
ふと、両手を目にあてたせいで捲れた袖から酷い傷痕が見えた。
関わった以上は知っておくべきだと聞かされた話を思い出して眉間にシワがよる。
ゴリラも一人で抱えるには重すぎたんだろうな。
聞いただけでもそうなら、実際体験したこいつはそれ以上に違いない。
なのに、
「私が悪いんです」
それだけだ。
痛かったとか悲しかったとか、恨むとか…もっとあんだろと思う。
なのに名前は、傷害で立件しようと言ったゴリラにそう言っただけだったらしい。
もっと楽に生きろと言ってやりたい。
だが、そう簡単に変われるほど十数年という歳月は短くない。
まだ子供なのに。
「…なぁ…名前…。俺はあいつらをよく知ってる。だから俺が言うことを信じてほしい…出来るか?」
「………はい」
「あのな。あいつらはお前を追い出したりしない。絶対にだ。あいつらは家族だ。赤の他人が…それも大の大人の男が集まって…それでもその中の誰かのために命を捨てることも厭わないくらい、結束の固い家族なんだよ。…そんな奴らが今更他人が混ざったからって心乱されると思うか?」
言われた言葉を噛み締めるようにじっと団子を見つめる名前の、その心に届くのを待ってやる。
「…でも、沖田さんも…土方さんもみんなも…最初のうち、私がいることを嫌がってました…」
名前が言うんだから間違いないだろうが…いくら名前でもその理由までは分からないだろう。
「それはな…あいつらの仕事のせいだ」
「…仕事ですか?」
「真選組ってのは普通の警察じゃねー…武装警察だ。危険と隣り合わせだし、いつテロリストが襲ってくるとも限らねーだろ?」
「…はい」
「守らなきゃならねーもんが増えりゃ、そんだけ危険も命落とす確率も増えんだよ。副長や隊長が反対だったんはそのせいだろ…」
自分も同じだから分かる。
違うのは…
守るために生きようとするか守るために死ぬことも厭わないかだ。
こいつが変われば、あいつらが変わることもあるかもしれねーな。
ふと脳裏に浮かんだのは、瞳孔全開な男だった。
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