06/01の日記

19:55
のられる話・後半
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不思議だったのだ。
カラスは、幼さを残す子供の姿だった。
体格のいいのあが抵抗すれば直ぐに決着がつく。
ころしにかかるには、心許ない体躯。


「…抵抗しろよ」


問いには答えずに、カラスは言った。祈るようだった。
結局、なにも起こらなかった。
蛇は、前頭葉の向こう側に吸い込まれる気がした。




ふっと、胸のあたりを一発軽く殴られてのあは目が覚めた。
一瞬、意識が飛んでいたようだった。首元を締め付けたいた手はいつの間にその力をほどいていた。
頭に血が通ってだんだん意識がはっきりしてくる。
自分に馬乗りになっているカラス。表情はやはり逆光で見えなかったが、先程の威圧的な様子ではなく、萎んだ風船のように縮こまって見えた。

カラスが、静かな乾いた声で言った。

「あの部屋のものを触ったらこうなるのはわかってただろ。
あたしにはあの部屋のものが必要だったんだ。あたしの苦しみが、てめぇにはわかるのか。」

淡々とカラスは言葉を並べた。
声はふるえるでも淀むでもなく、ただ乾いた調子で続けられた。


「遺さなきゃ、覚えてられねぇんだよ、
あたしが覚えてなきゃ、いつか全部無かったことになっちまうんだ、
生きて死んだことが全部なかったことになっちまうんだよ、
どうしてくれるんだ、モノはひとよりずっと永く遺るってのに、せいぜいヒトの一生ほどしか生きてられないお前がその代わりをできるのかよ、どう責任取るって言うんだ、
それともなんだ、お前、ずーっとあたしと生きて、お前が捨てたものの代わりに、あたしの代わりに、全部覚えててくれるのか?
そうだ、責任とれよ。あたしとずっと生きるんだ、ぜってぇ死ぬな、死ぬのなんて許さねぇ、死なないでくれ、死なないで、あたしと生きてくれよ、なぁ、」


言葉に詰まったようだった。
どこか、駄々をこねている様にも感ぜられた。


「それは、無理だ。」

じっと黙って聞いていたのあは、言葉を続けられないカラスを引き継ぐように言った。

「お前の言うとおり、おれはせいぜいヒトの一生ほどしか生きられない。それを超える方法なんて、おれは知らない。」

至って真面目な応えだった。
紛れもない事実過ぎて、痛いほどだった。

んなもん、あたしだってしらねぇよ、そうカラスは呟いた。


「じゃあ、あたしをころせ。もう、ころしてくれよ。あたし一人じゃ死ねないから、もうころしてくれ、あたしのためだ、ころせ。ころしてくれよ、」

平坦だった言葉の最後は、少しだけ波立つ。
こんなことをカラスが言うのを聞いたことは、初めてだった。
のあの知らないところで何度も、その思考に現れたものかもしれない。
どこか使い古されたような、聞き慣れたような響き、
惰性の漂う言葉だった。

のあは困ってしまった。

「それがお前のためになると言うなら、
おれは、お前のためになることはしたくない。」

と言う他ないじゃないか。



月夜に俯く子供に、それ以上の言葉をかけることは出来なかった。
のあはその柔らかそうな金の髪を撫ぜようと手をのばして、やめた。

・・・


以上です!前回の話をあげた時にはできてましたがちょっと間を開けてあげさせていただきました。

なんだかつまらない話で申し訳ないです。いやいいもん気にしないもん。
ころせって言葉苦手なんですけどね、なんか使い古された言葉なので。緩和しようととりあえず平仮名にしましたが駄目ですね。
でもここで心臓の鼓動を止めてくれとかこの命神にお返ししたいとかそんな詩的なことを言わせるのもやだしそんな余裕があるか謎ですよね…

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19:47
のられる話。前半
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のられる話の前半です。こちらもものすごーく長くて読みにくいですごめんなさい。

・・・

幽鬼のように闇から現れたそれは、何しろウサギの頭だから様にならない。

明かりも付けないまま、のすのすと静かに階段を上がっていく。
深夜だからと配慮して歩いているらしい。

のあは、自室の前までやってきてふう、とため息をついた。
睡眠時間は元からさほど必要としないが、深夜になるまで家を出ていることなどはほとんどないため、今日のスケジュールは少し辛いものだった。
とっくに0時を回っているので、今日の、とはもう言えないかもしれないが。
やっと落ち着ける。
白い手はドアをあける。部屋に一歩足を踏み入れ、部屋の明かりに手を伸ばした。


どっ、と体に衝撃を受けて、兎頭はバランスを失なう。
あまりに急なことで思考力がどこかに行ってしまい、床に倒れたあとかなり揉みくちゃにされたのだが、本人は何処か他人事のようにぼんやりとしていた。
やっと体勢が定まったかと思えば、自分は床に仰向けに転がっているし、何者かが自分に馬乗りになっているし、しかもその手は首元にあてがわれているしで、ようやく自身の置かれている状況に危機感を抱いた。

明かりを点け損ねて部屋は暗いままだ。外からの月光が差し込んでいるのだがあいにく逆光で馬乗りの表情は見えない。

「あの部屋のものをどこにやった。」

抑揚の少ない、乾いた声は、カラスだ。

首にあてがわれた手がじわじわと、血管と気管を締め付けている。
徐々に力を入れていく、冷血な動きだった。

捨てた。と短く答えた。気管が圧迫されて細い声しかでない。

「誰が捨てて良いと言った。てめぇの飼い主はあたしだ。」

おれは蛇だから、それほど従順じゃなくてな。

その返答が、不服だったらしい。少しだけカラスの手は強張った。

「じゃあ、尚更だ。何故捨てた。」

語気が強まる。動きも声もしずかだが、冷静じゃない。
気道も苦しいが、それよりも脈が圧迫されているのを感じた。
力任せではなく的確に血流を止めにかかってきているあたり、ひやりとした。

「なにをしたか、わかってんのか。あの部屋の物のことは、蛇にゃ、なんの関係もねぇだろ、それは蛇がすることじゃねぇんだよ。」

無表情の黒塗りが尋ねる。

「おまえは、誰だ。
おまえ本当に、のあなのか?」


血のいかない頭でぼんやりと、目の前の光景を、聖だ、とおもった。
闇にぼやける視界の中、カラスの金の髪の毛に月影が透けてふわりと光が拡散する。美しい。

静寂が立ち込めた。空閑な時間だった。


「抵抗しろ、ころされてぇのか」

痺れを切らしたのか、カラスが静かに言った。
手の力は弱まらない。

ころされたいとは、思わなかった。
だからと言ってころされたくないわけでもなく、
ただ、特に何も感じてはいなかった。
なんの感想もいだかない。
無関心、いつもそうだ。

何故と問われても理由などない。
部屋の事など、なんとも思っていない。
部屋のものは、頼まれたから捨てただけだ、それ以上でもそれ以下でもなかった。

正味、自分がなんであるかなど、どうでもいいのだ。
蛇で無いというなら、もう、それでも構わなかった。


もやりと溶ける意識のなかで、ああ、でも。と口を開いた。

本当にころしたいのなら、なぜそんな姿で来んだ。

声は、掠れてところどころ言葉にならなかった。

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