05/23の日記

23:27
お部屋の話・こうはん
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後半です。
・・・


そんなの知らない、僕は知らない。そんなことをおもった。
感情が読み取れないのは、当てはまる感情の名前をまっちゃが知らなかったからだった。
カラスの純粋な疑問の言葉の背後に、収まり切らない様々な感情がちらついて彼の気持ちを疲弊させた。


無理だ、どうしたら良いのかわからない。と、まっちゃは思った。


きっと僕は何かしなければいけないのだ。
けれど、どうしたら正解なのか、今何を僕は言うべきなのか、今酷く衝撃をうけて白い顔をしているこの人に僕はなんて言葉をかけたら正しいんだ。
この人は何を求めているんだ。

何をしても失敗する、きっと何をいっても不正解だ。僕は求めているものを渡せない。
慰めろとでも?僕には無理だ。
人の内面なんて抱えられない。寄り添えない。

人の感情なんて他人の僕にはなにもわからない、この部屋が何を意味するのか知らないような僕にはどうせ何も出来やしない。

せめて、僕じゃない誰かならきっとちゃんとこの人に寄り添えたものを。
僕はここにいるべきじゃなかった。
役立たずのくせに声もかけられない、突っ立っているだけなのになんでいるんだ。
必要ない。
なんでここにいるのは僕なんだ。
僕はお呼びじゃない。
ここから逃げてしまいたい。

あ、めんどくさい。

と思ってしまった。


その思考が現れたら瞬間、
まっちゃは自身に恐れを抱いた。


不意に響く舌打ち、まっちゃはびくりと肩を竦めた。

いつの間にか、カラスはまっちゃにもわかるような感情を呈していた。
引きつった口角、寄せられた眉間の皺。
もう遅い。
怒りだ。

刺すような目つきはいつかのものだった。強いのに死んだ目だ。

カラスは無言で、一つ手前の部屋の扉を酷く乱暴に開いた。
白蛇の部屋だった。
刺すような目つきで部屋を見回すがそこには誰もいなかったようだ。
顔を酷くしかめた後、乱暴に部屋の壁へ拳を打ち付けた。
がんっ、と腹に響き渡る威圧的な音だった。
まっちゃは震え上がった。

「どこ、行った。」

そのまま、カラスは乱暴にドタドタと音を立てながら家を出て行った。
扉の鍵が開けられてから今まで、ほんの数分間の出来事だった。


怖い。

本当に怖かった。
まっちゃはやっと息をした。
いつもの冷たい怒りではなかった。
カラスはもうこちらのことなど気にしていない、というより気に留める余裕など無いようだった。
途中から完全にまっちゃは蚊帳の外であったにも関わらず、その様に文字通り縮み上がったのだ。
もう手は付けられる状態ではなかった。

無意識に後ずさると、足に、何かが触れた。
例の鍵だった。
既視感は間違いではなかった。似た鍵を、彼は確かに見たことがあったのだ。

乱暴に開け放された部屋の扉。
そこに住まうものとそれを探す怒りに駆られた家主。
肝が冷えた。

別のことを考えるよう務めた。
夕飯を作らねばなるまい。ミリももうすぐ通院し終えて帰ってくる。
課題だって終わっていない。

やることは沢山あるじゃないか。
考えるのはそのことだけにしよう。

まっちゃはとりあえず夕食の下ごしらえをすべく、部屋を後にした。





頭の片隅で、言い聞かせていた。

いいや、僕は知らない。僕には関係ない。
所詮僕は数年一緒に暮らしただけの他人じゃないか。
只の入れ替え可能な一員じゃないか。
この部屋がなんなのかも知らない、カラスがなぜあんな顔をしたのかも、蛇があの部屋となんの関わりがあるのかも知らない赤の他人だ、関係ない。
僕は、本当に、何も知らないんだ。
知ろうと、しなかったから。
だから何もしなかった、何もできなかった。僕を許してくれ、許してください。
どうか。

僕は、何も、
何も知らないから。


・・・

話を運ぶ能力の無さに幻滅しながらかきました。でも、ずっと書きたかった話でもあります。

まっちゃ君が、面倒だ、と思ってしまう気持ちは、自分のものです。
何も上手くできやしない、知ろうとしないまっちゃ君の話でした。

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23:18
お部屋の話、前半
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長いので前半後半にわけます。
ちょっと前に出来上がっていたのですがしばらく寝かせていたお部屋の話です。


・・・

休日、一通りの家事を終えひと段落しているまっちゃに、お呼びがかかった。
声の方を見ると、居間のドアにもたれてカラスが立っていた。薄汚れた縫いぐるみのキーホルダーを指に引っ掛けて、くるくると回している。
件の口喧嘩からまともに話をする機会がなかったため、そこをつつかれるのかと身構えた彼にかけられた言葉は意外なものだった。

「部屋、やるからついて来な。」




「…どうしたんですか、急に。」

カラスの後に続いて階段を昇るまっちゃは訝しげに聞いた。
高校入学とともにこの家に住み始めてより、部屋数の都合でまっちゃはミリと同じ部屋に生活している。
一番多感な時期にうら若い女性と一緒の部屋に放り込んでおいて、なにを今更。
そう思ったのだが如何せん、女性、というところにまっちゃの思考は引っかかりを覚えてしまったので、この反論は若干説得力にかける気がした。
ミリは女性、というか、むしろもう宇宙人である。

「二階に、鍵がかかっててあかない部屋、あったろ。」

カラスはずっとキーホルダーをくるくる回していた。よく見るとそのキーホルダーには古びた鍵が付いてる。

最近、これまでの放蕩が嘘だったように、家でだらだらと食っちゃ寝して過ごしていたカラスが何かしようと動き出したのだから、良いことなのかもしれない。
連絡もなく勝手にされるのは困るのだが、こちらが家事をしているのに家でぼーっとされるのもなかなかに腹が立つものだ。

「あの部屋、片付けたらお前にやるよ。だから今から片付けるの手伝え。」

ああ、成る程、と思った。
だから自分は呼ばれたのだ。
カラスのことだ。本人のあの部屋の惨事を知っていればどれだけ片付けが下手かわかる。
本棚の並ぶ乱雑な部屋には一応法則でもあるのか、本人は何がどこにあるか全てわかっているようだ。だが何せ物が多すぎる。
不快感を与えるほどに人を圧倒する物の量だ。
あの物量から察するに、片付けられないだけではなく捨てるのも下手なのかもしれない。

そんなこの人が片付けを依頼する部屋だ。
未だ見えぬ部屋を想像して、まっちゃは腹を括った。

家主の後ろに続いて、家政夫と宇宙人の部屋を通り過ぎる。廊下の突き当たり、蛇の住まう部屋のさらに奥へ来たところでカラスはキーホルダーを回すのを止め、その紐の先の鍵を手に取った。

灰色に汚れたぬいぐるみのついたキーホルダーの先、
銀のメッキの、鍵。

あれ?

口には出さなかったものの、まっちゃは妙な既視感を覚えた。

それがなんだったかわからないまま、鍵は鍵穴へと吸い込まれた。

がちゃり

鍵は右へと回され、カラスがノブを回してドアが開いていく。
いかなる汚部屋が現れても驚かないぞ、とまっちゃは褌を締め直した。


開けた後の景色を覗いて、まっちゃは拍子抜けした。
最初の印象は、思ったよりも汚くない。
よくよく見ればむしろ、何もない、というのが正解だった。

空っぽの部屋だった。

マットレスのみのベッドと、空の本棚が置かれた無色の部屋。
人の気配がしない部屋だ。

「この部屋を、片付けるんですか?」

そう言いながら隣に立つ人に目をむけ


まっちゃの腹にぶわっと冷たさが広がった。


まずい、と彼は思った。変な汗が出そうだった。
隣の人の表情が白かったのだ。
顔の色、ではない。
色のない真っ白なその表情に、まっちゃはたじろいだ。
明らかにおかしかった。

ない頭で今起こっていること、この先に起こりうることを想定して、もう彼は逃げたい気分だった。

おそらく、カラスが片付けたかったのは、この部屋ではないのだ。

この家で余っている部屋は、もうここしかない。だから、カラスが部屋を間違えるはずがない。
けれど、この部屋ではないのだ。

ここは、以前はこんな部屋ではなかった。

カラスは、この部屋が片付いてしまっていることを、知らなかったとしか思えない。
そうでなければ、何故まっちゃを呼ぶだろうか。

想定していなかったことなのだ。
だから今、白い顔で声も発せずにいるのだ。

そして、次起こりうることは、

「なんで」

カラスの声が、少し震えていた。
感情は読み取れなかった。

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