Alice? -long-

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88番目のアリスがやって来て恐らく一週間が経った。
憎たらしいほどの青い空が広がる世界。
着替えを済ませて廊下を歩いていると珍しいことに
いつも椅子に座って中々動かない彼がいた。
彼の先には馬車とトランプ達も見える…



「どうかしました?女王陛下」

「今日は外へ出る。付いて来たまえ」



放たれる言葉に疑問は含まれない
彼にとっては決定事項なのだから当たり前だ。
翻されたマントに続くよう歩けば
道を作り跪くトランプ達と馬車の前に付くジャック。
とっくに見慣れてしまったこの光景が嫌だ。
先に乗り込んだ彼の後、足をかけると
ジャックが手を差し出したのでお礼を言おうと顔を上げれば勢い良く倒れた、その男。



「私の女に手を出すな」



カツ、と高い音を立てた女王陛下の靴。
背中から蹴ったことが伺える。
このまま乗り込んでも良いのかと不安に思ったが



「さあ国王陛下、手を」



どうやら杞憂であった。
城へ帰ったらお茶を出してあげようと決めて
微笑んでいる彼の手を取る。
強い力で引き寄せられ半ば強引に抱きしめたまま
隣同士、席に腰をかける。



「ジャックは宜しいのですか?」


「後ろの馬車に乗せる。心配はない」



カタカタと音を立てて景色が変わる。
お菓子屋の看板、ポップコーンの露店、花売りの台車
ショーウィンドウに並ぶ宝石、フリーマーケット
さすが不思議の国と見える色様々な屋根に壁、タイルに街灯。



この方向は、



「イモ蟲横丁…でしょうか」


「よく分かっているね。いい子だ」



ただ行き先を言い当てただけで
頭を撫でるという、私を甘やかしすぎである。
いつの間にか果物や食材が積まれた市場を抜け
街灯にはWELCOMEの文字が書かれた看板が下がっている。



「一体何の用でいらしたのですか?」


「買い物だ。君に付き合ってもらいたくてね」



ゆっくりと馬車が止まる…降りれば
周りには服を着たマネキンがウィンドウに映る店が並んでいる。
その店の多さに呆気に取られていると
目の前で腕を組んで考え込んでいた陛下が
こちらを向いて口を開いた。



「女王陛下、服を脱ぎたまえ」


「っ!?…何を仰っているのか、よく」


「彼女の着替えを手伝え」



説明をと懇願する私を無視し
トランプ達に命を伝えて近くの店に入ってゆく彼。
私はその店の試着室に連れ込まれ
申し訳ありません、等と謝りつつ手際よく
服を脱がしにかかる彼女達を少し睨みつつ問う。



「今日は一体、何をするのかしら」


「陛下からは国王様のお召し物を中心に買うと伺っております」
「女王陛下のご好意ですので、ぜひ」
「首周り失礼致します」「試しにと服をお持ちしました」



袖に通されるのは肌触りの良いシルク。
どうして勝手に決めるのかしら、
全身を白でまとめ、リンネルのフリルを多くあしらわれたドレス。
金の刺繍と青に染められたレーヨンのリボンが映えるカクテルドレス。
着せられたものは全てジャックの腕の中へと収められる。



「…この店は終わりだ、隣へ行く」


「女王陛下、この服は」
「全て包んでもらうが何かあったかね」



箱や袋へ詰められていく服の量に
多すぎると抵抗するがその願いは叶わない。



「君をを着飾るのが私の願いだ。
 叶えてくれるだろう?」



頬にキスをされ驚いている隙に再び試着室へ押し込められる。
カーテンの隙間から覗けば自分の服も見繕っているようで
何だかんだ彼も楽しんでいると分かると
先程までの不機嫌がみるみる内に引いていくのが分かる。


自分はそんなに単純な人間だったのか?

答えは否。

あの人によって変えられてしまったのだ


不思議の国へ来て間もない頃
誰かが私を可哀想だと言っていた。


それを、今の私は肯定出来るのだろうか



「…(ボソ)自分の嘘も分からなければいいのに」


「?何か仰いましたか国王陛下」


「いいえ。何も」



幸せじゃない、ここから出たい、私は可哀想
“嘘を吐いたな”
ザザッと砂嵐が飛ぶ頭の中。



女王陛下が嫌い、



吐きたい嘘だってあるのに

交ざるノイズが騒々しくて堪らないのです。









目から零れたのは涙

人でない彼女の目に
人と同じ温かな雫が
流れ落ち地面へ落ち

しかし涙は音を刻み
1秒1秒の時を刻み
彼女は泣き続けます

もう何が悲しいのか
それすらも分からぬ
空っぽな彼女の肌は
白く髪は黒く足元の
砂は赤く風にのって
真っ黒な空に溶ける

生じた罅から洩れる
白い月の光が眩しく
少女の世界はやっと
尊く儚い哀の時間を

刻み始めたのです。


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