銀色アイデンティティ

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「柿の木?」







「そう。中学の頃から
 よく練習試合組んでたみたいね」





「そうなんだ………」





「どうしたの?さっきから静かね」





「何だろ…武者震い?」





「…あんたがなってどうするのよ馬鹿」





「ひどっ」













紫や藤色の美しい紫陽花が



ちらほらと道を色付け始めた






もうすぐ梅雨。











今日


まるで図ったかのように






空は清々しい快晴。













絶好のテニス日和だ。

バスに揺られながら外を見る。

日曜の朝早い今は人も少ない。





“柿の木中学校前ー…”





ボタンを押した。

中学校といっても一貫校なので

特に問題ない、と幸村くんが言っていた。





降りた先の校門には

見覚えのあるやる気の無さ気な背中と芥子色のジャージ。





「まーさーはーるくん」


「…林檎さん、早い」


「8時半に集合で今8時だし。

 ぴったりじゃない?」




ぐっ、と親指を立てる。

仁王はやりきれないように、視線を泳がせて溜め息。



本当は自分がワクワクしちゃって早く来たんだけどね。

テニスコートに移動しながら試合開始まで質問タイム。



今日のこと日付と時間しか聞いてないし。






「何か手伝えることある?」



「別に無い。見てるだけじゃな」





特に考えるでもなく、

日に当たると透けそうな銀の髪をいじりながら話す。



試合前にしては落ち着きすぎじゃない。

逆にその方がいいのかもしれないけど。




「ドリンクとかは?タオルも」



「タオルは持参。

 ドリンクは向こうで用意してあるぜよ」







応援以外は特に何も無いらしい。

そんなに準備万端なのか。


…しょうがない。

手伝える時がきたら手伝おう。






「そういえば、ルールは分かるんか?」




彼は彼女の方が心配だというように話をふる。

只、彼女はその心に気付くことはない。





「一応。学生の時少しやってたから」





仁王はニヤリと笑う。

何時もの楽しげな笑みで。





「じゃあ、今度試合せんか」





真剣な瞳。意地悪な笑顔。

無下に断ることは出来ないそんな威力。





「…雅治くんが勝ったらね」





「くくっ…

     言ったな?」







自信に満ち溢れた目と言葉。


理由は皆の試合を見て、直ぐに分かった。










   「「「「「お願いします!」」」」」





「お、本当に来てる」




フェンス越しに私の前へやって来た
丸井くんと色黒な外人の男の子。




「丸井くんと…ジャッカルくんだよね?」


「なんで俺のこと…?」


「俺が説明済みじゃ。残念だったな」



馬鹿にしたように笑う仁王。

いつの間に隣に居たのだろうか。

それは置いておいたとしてコートに立つ2人は今から試合らしい。




「頑張れ」


「当たり前だろぃ。俺の天才的妙技たっぷり見てけよ」


「ブン太、年上だろ」




ジャッカルくんは軽く会釈して丸井くんをコートへ引っ張って行く。

キャラ濃いなぁ…(しみじみ

隣を見ると複雑な顔をした雅治くんが。




「どうしたの。雅治くん」


「………プリッ…始まるぜよ」




誤魔化した。


本当に試合が始まったから何も言わないけどね。












パァンッ、キュ、


“ゲーム 立海 4-0”


「…」




あっという間だ。

強い。

修まっていた手の震え。

フェンスを握った指に力が入る。




「…強い」




仁王は微笑むと

静かに自らのパートナーの元へ戻っていった。




「仁王くん。どこへ行ってたんですか」


「ちょいと野暮用があってな」




グリップを強く握る。

パートナーである柳生の肩に手を置いて

笑って見せた。





「…言っておきますが遊びすぎは



    「今日は絶対勝つぜよ」



 ふぅ…いつもそうだと嬉しいのですが」





柳生の忠告。そんなもの耳に入れない。


今日は。


格好のつかない姿等。

見せるわけにはいかないのだ。






“ゲームウォンバイ丸井&ジャッカル 6-0”




「行きましょうか」


「そやの」
















食い入って見てしまった。

それほどまで強い。

息をするのを忘れそうだった。


そういえば

雅治くんがいない…





“ダブルス1の試合を始めます”





試合が始まってしまうのに。


まず、誰の試合か。

確認しようとしたコートの上に立つのは



相手チームの選手2名と




立海の柳生。







その斜め後ろには   仁王。









口パクで何か言っている。



『応援は、してくれないのか?』







ああ、

   さっきの顔は

         そういう事か。







「が、ん、ばっ、て、ね、

 ま、さ、は、る、く、ん」




口パクで返した応援。






一瞬驚いたように目を丸くした彼は






嬉しそうに、自信に燃える瞳で








       『頑張る』








と、言って笑った。







“サーブ 立海”


パシィンッ


柳生のサーブで試合は始まる。

こんなに緊張するのは

彼の出る試合だからか…は分からない。



胸の高鳴りと緊張感に

フェンスをまた強く握った。





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