Alice? -long-

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―サワ、サワサワ


白い薔薇が風に揺れる。



「…どうやら、猫が匂いに釣られて来たようだ」



どこから現れたか、
テーブルから
少し離れた柱の前に、1人の男が立っていた。



長髪から生える2つの耳。
爽やかとも優男とも思える青年。





……知っている。彼は、



「、チェシャ…」



はっきりと、

呼ばれた本人にも女王にもトランプにも

聞こえるほどに、



はっきり。

彼女は無意識のうちに、
口に出ていた。




女王は訝しげに国王を見る



当たり前だ。本来ならば、
彼女と彼は初めての対面



…だった筈なのだから。
  ` ` `


「久しぶりだね。…まさか
 ` ` ` `
“ハートの国王”になって
また不思議の国に来るとは
` `
…思わなかったよ。」



彼はテーブルに近付くと、皿に積まれてるクッキーを一枚口に含んだ。


「…久しぶりね。
何用で城に来たのかしら」


「街は君の噂で一杯だよ?

美人な国王が来たってね」


国王は目を見開いた。

そして、“チェシャ猫”を睨む。



最初の一言は良かった。



だが二言目がいけない。



「……私は美人じゃない」



ぼそりと呟いた声は
チェシャ猫にしか聞こえず


次に発された、女王の声に掻き消された。



「国王、君は不思議の国に来たことがあったのかね」


驚いたような声色だったが驚いているように見えない


「あれ、?女王様に言ってなかったんだ。」


惚けたように笑う彼。
ひょこ、と耳が傾く。



「隠していたという訳では無いのですが…
申し訳ありません」


誠意はあまり無いようだ。

一応、というように
彼女は頭を下げ謝罪をした


「別に怒ったのでは無い。

………そんな事よりも、
そこまで男が嫌いだという理由が気になる。」



同じ問いの度、
期待と楽しさに弧を描く彼の口元。


…その楽しさは
どうやら、
答えが返ってこなくても
彼女の反応を見て楽しんでいるだけらしい。



「女王様、何言ってるのさ」


しかし、今、
国王の心中は穏やかで無い


チェシャ猫は、あり得ないと直ぐ様女王の言葉を否定した。



「彼女は、
 男嫌いじゃなくて、
  ` ` `
 男好きなん」
  ` ` `



パシャッ…




チェシャ猫の言葉を遮ったのは、国王の紅茶。



間に合わなかった。




飲んでいたぬるい紅茶を彼に浴びせたからこそ、
話が途切れた。が
その本人はひどく驚いた。


女王も、これは驚いたようで動きが止まっている。



「…それ以上、余計な事を言うのなら
もっと熱い紅茶を、掛けてあげるわよ…?」


怒気の籠った低いトーンで脅されたチェシャ猫は
困ったように肩を竦めた。


「怒らせちゃうとは
 思わなかったなぁ。」



ぽた、ぽたと髪から落ちる水滴がテーブルクロスに染みをつくる。



「……私が、

前に不思議の国に来た時、与えられたルールを覚えてるかしら」


怒りからか、
雰囲気の変わった彼女。


ゆっくりと、言葉を繋ぐ声は不思議なほど恐ろしい。


「…<×××は


嘘と真実の区別を理解することが出来る>
…だよね?」




<×××>何かに揉み消された音。


<以前>に与えられた、名前だろう。



「それが、どうしたの?」


濡れた髪を弄りながら、
<以前>と変わらぬ食えない笑みで問う。

静かに紅茶を飲んで、
聞き耳をたてる女王。



「…本当に、
区別されるだけなのよ。


嘘だったら“ああ、嘘だ”って思う程度の。」



哀憐に、笑顔の彼女。
美しく儚げで、

見とれてしまうほど、。



「…さっきから、貴方
 嘘ばっかりなのよね」



―――私には、



「…君はルールを侵した」



―――能力が残ってる。





「私、チェシャみたいな男が一番嫌いよ」



空気が一変した。
先程の、鋭く威圧のあった空気が、
若干柔らかくなった。



空気を支配しているのは、国王。



「女の家を転々として
“好き"やら“美しい"やら言葉を並べては、求めて」


にこり、

笑顔で冷たく言い放った。


「貴方みたいな男が、一番大嫌い」


「酷いなぁ…」



顔と一致しない声。


軽い足取りで、
テーブルから離れる。


にこにこにこにこ
笑いながら。



「…そろそろ帰るよ。風邪をひきたくないからね」



顔だけ女王と国王側に
向けて、歩き出した。



サワサワ、


「女王様、彼女をよろしく」

小さく小さく呟かれた言葉は彼に届いたか。


「、ちょっと」


国王陛下が、引き留めようとした時には
彼の姿はなく、


、サワサワサワ


白い薔薇が揺れた後だった




隠していたかった事を全部言わせて消えるなんて、
卑怯にもほどがある。



「…国王」



黙って見物していた彼が私を呼ぶ。

怒っていない。
悲しんでもいない。


―――彼は


「2人で話がしたいのだが」
「、…はい。」



楽 し ん で い る。

凄く良い笑顔で。


あの猫、次にあったら何をしてあげようかしら。



「今夜、
 私の部屋にきたまえ」


命令には従うしかないのを分かっている。



「分かりました。」


命令されれば、
従うか死ぬかの二択。


あの子の為に、まだ

死ぬわけにはいかない。




――全て話してしまおうか

ガタ



「中に入ろう。おいで」
「…はい」



するり、腰にまわる手。



―――美しいも愛してるも



躊躇はするが、
彼に触れられるのは
慣れた。


――――もう聞き飽きたの



「…国王陛下」

王座に座る彼の膝に、向き合って座る彼女。



―――言葉なんて要らない


女王の指が国王の髪を掬う

愛しそうに。

「…君の心は
 どこにあるのかね」

「、え」


髪を解きながら、掬った髪に口付けた。


……カチ


笑っていない彼の顔を、
初めて見た私は、

咄嗟に答える事が
出来なかった。




――嘘ばかりの言葉なんて









―――苦しいだけなのに。


カチン、



…カチ、カチ、カチ、



    彼女の時計が


 動き出した。






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