銀色アイデンティティ

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「…」




自分の目を疑う。









“ゲームウォンバイ仁王&柳生 6-0”








圧倒。



1ポイントも落とさない。



まさに圧勝。



柿ノ木高等学校の選手も悔しそうだ。



ありえないほどの実力差。











「林檎さん、どうじゃったっ?」




首にタオルを巻いて

ついさっき試合が終わったばかりだというのに
私の所へ走ってきた彼。

休憩していないのか、多少息が上がっている。



「あんなに強いなんて聞いてなかったけど?」




「これでも全国区なんでな。

 驚いたか?」




試合に勝ったのが嬉しいんだか

私を驚かせたのが楽しいんだか





「…流石。凄く驚いた」


「じゃ、さっきの約束忘れてないな?」





にやにやと笑っているご機嫌な彼。

約束?約束って…





「あ、あー…試合?」


「そうじゃよ」





バス降りた後のあれか。

計算済みであんな事言ったのか?


…紛れもなく雅奈の弟だ。





「ん、分かった。勝ったしね」


「…覚えときんしゃい?」





こんなに嬉しそうな顔してるのに

断るのも辛い。




ちゃんと約束を交わし、落ち着いた仁王は
やっと汗をタオルで拭く。





白い肌。

あんなに凄い試合をするのに。





真面目な顔だった。

普段と試合中のギャップ。









あれは何というか、





「…」



「なんじゃ?俺に惚れたんか?」




彼は気分が良かった。


冗談半分、そうだと良いという本気半分。


どんな反応をするか、という挑戦的な想いで。







直後、


仁王は言葉が出なくなった。






自分の想い人が



自分の言葉に



顔を赤くしたのだから。











 胸が苦しい。
  視界が揺らめき、
   脳が締め付ける。



“立海 柳 3-0”



いつの間に試合が始まっていたのだろう。


気付かないほど、時間は無情に過ぎていた。

彼は右手をゆっくりと上げる。




「仁王!スポーツドリンクいらないのか」




ベンチの近くにいる真田の声が響く。


手が止まった。


慌てて、下ろす。





「あ、あぁ。今行くぜよ」





惜しくもありながら、
制御出来なくなりそうな心中。



彼女に断って走り去る。











仁王が走り去った後

林檎は自分の頬に手を置く。

温かさの引いてゆく肌。






分からなかった。







  なぜ、胸が熱くなったのか。


 その前に、自分が何を思ったのか。


 一瞬で世界が輝いたのだ。








どんなに考えても靄がかかったまま


有り得ぬと否定する脳は、隠す。













「困ったもんじゃな」



冷たいスポーツドリンクが喉を流れる。



「どうしたんだ?」



今日は試合が回ってきそうにない
真田。



「…お前さんにゃ遠い話じゃよ」




彼もまた、疎い。




「?」









まったく、



あんな反応されちゃ



抑えが利かなくなる。










“ゲームウォンバイ立海 柳 6-0”





“3勝0敗で立海大学付属高等学校の勝ち”







「「「「「ありがとうございました!」」」」」




「おめでとう。立海の皆さん」



彼女は自ら、帰り支度をする
立海レギュラー陣に向かっていった。



「いらっしゃい。林檎さん」



真田と同じく、ベンチに座りっぱなしだった
幸村が優しく微笑む。



「もう終わってしまいましたがね」



帰り支度をしながら申し訳無さそうに話す柳生。

そして、ノートを片手に
1人の男が林檎に近付いた。



「この人が仁王の言っていた林檎さんか」


「はじめまして。…柳くんかな?」


「ああ。合っている」


「雅治くんから聞いてたの。ね?」



軽い身のこなしで仁王の隣へ移動する。

特せに普段と変わらぬ行動。仕草。

なのに、過剰に反応してしまう思考。




「…ピヨッ」




少しうろたえたが彼もまた変わらず言葉を返した。

残念だと思う気持ちと期待を胸に隠して。




「真っ直ぐ家に帰るの?」


「そうだぜぃ。な、ジャッカル」


「ああ。じゃあ行くか?」



立海のメンバー達と共に校門を出る。

バスは案外早く来て、時計は10時を表していた。





「結構ぬるかったな〜」




バスの中、
丸井は持参していたお菓子を食べながら話す。

途中、ジャッカルに零さないよう釘をせされながら。




「たるんどるな」


「真田が?」




険しい顔をした真田に不自然なほど明るい笑顔を返す幸村。


前々から思ってたけど
真田くん可哀想…




「まぁ、柿ノ木ですからね。

 あれが限界でしょう」



皆は慣れているようで。
やっぱりスルー。

別にいいけどさ。←


柳生くんの口振りから疑問を投げかけてみた。





「もしかして、皆本気じゃなかった?」





全員が全員、きょとんと私を見た。




「そりゃそうだろぃ」「ああ。そうだ」「フフッ」
「そうですね」「…プピーナ」「一応な」「無論だ」←復活




ほぼ同時に発された言葉達。

…最近の子って怖い。

























それぞれが自らの家に近いバス停で降りていった。

彼らも例外じゃなく。







「私、今日は一旦帰ってから行くって
 雅奈に伝えてくれる?」




2人、分かれ道で足を止める。





「了解なり」





手を振る彼女。






手を振り返せば、背を向けられ。






帰路につく気になれず、背中を見つめる。








無性に不安が募った。





伸ばしかけた右手。開きかけた口。


少し離れた所で、ぴたりと足が止まった。







背を向けたまま動かない。





「本当はね」





声が、聞こえた。





触れたくなった。





足を踏み出す、時だった。








いきなり、振り返った君の顔。




俺の顔を見て、笑う。









「格好良くて 惚れかけたよ」









悪戯に成功した、子供のように笑った。





まるで、


今日彼女にテニスの試合を約束した


仕返しというように。









「また後でね」









大きく手を振られて。






背を向けられて。








同じはずなのに、不安は無かった。












心を埋めたのは






「…ほんと…困るのぅ…」







  溢れるほどの愛おしさ。










家へ向かって歩く。



濃い紫の紫陽花が咲く道を。






誰に助けられるでもなく咲いた



薄い藤の紫陽花を目に。








「…誰か助けんしゃい」







小さく呟くのだ。




銀色、潜めて。 ギンイロ、ヒソメテ。




(…俺は乙女か)


(言った後の恥ずかしさが…)

(あ、雅治お帰り…って何笑ってんのよ)


(仁王、少しは進展したかな?)



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