銀色アイデンティティ

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ちょっと俺は

林檎さんのことナメとったかもしれんな。




「仁王くん、」

「なんじゃ?」

「ペテン、かけないと私勝っちゃうかも」




譲ったサーブの構えのまま呟いた。
混乱したのは一瞬。



打ち込まれた打球を目の当たりにして。


(この人は全部知っていたのか)
と思うと笑ってしまった。




どうせ、姉貴じゃ。
この様子だと嫌われちゃいない。



趣味でやってたとか昔習ってたの
優しい打球じゃないな。これは。

リターンエースを狙って返したが
あと少しでネットに当たりコートに落ちた。

速い。



笑うときの細い目でも無く、
いつもの少し睨みのきつい目も無く、

テニスを好きな奴の熱い闘志の目だ。






「元女子テニス部員?木下さんがか?」

「説明的な台詞ありがとうジャッカル」

(ひでぇ  BYじゃこー)


「現在であれほどでしたら
 部長でもおかしくないのでは?」

「ああ。だが、
 彼女はバスケや陸上なども掛け持ちしていた」

「つーことは、かなりの運動部馬鹿?」

「友人は多かったらしいが非行少女だ。
 問題は起こしていない変わりに目をつけられていた」

「意外と濃い人なんすねー…」

「口調が荒っぽいのも当時の名残だろうな」

「…む、見ろ。仁王が押しているぞ」







元から、
彼女は俺のことを知れる限り知ってから
話しかけていたのか。

知りたい、も。知ってほしい、も。

そんなこと考えなくても良かったのか。



最近の何か言いたそうな彼女を
見てみないフリしていたが、もしかして
幸村たちのことも知っていたんじゃないか?



柳は余計なことはしない(はず
だから、姉貴。
そういう邪魔の仕方で来るなら受けて立つぜよ。










「っは…は…あ〜…つっかれたぁ」

「強いのぅ、林檎さん」

「現役の子には負けるわ。やっぱり」


あんなこと言っちゃったけど
結果は6−3の雅治くん勝ち。
しばらくやってないと腕は落ちるものだ。




コートの周りの壁に寄りかかると
丸井くんが私と彼にタオルを渡してくれた。


私達の試合を見ていた赤也くんが
「先輩達と試合したくなってきた!」
と言い柳君が連れられコートに入っている。




丸井はからかうように仁王を笑った。
逆に彼女には尊敬のような目を向けた。

雅治くんと丸井くんがじゃれあっているのを見ると
やっぱり若いと思うのは年の差だろうか…
なんて一人アンニュイな気持ちになってしまう。




「してやられたな〜!
 女相手にペテンやっちゃうなんて悔しいだろぃ?」


「うるさいのぅ。ブンちゃんは…
 林檎さんと試合してみりゃ分かるなり」
 

「…は!?ちょ、無理…」


「よっしゃ!休憩終わったら隣のコートでよろうぜぃ!」


「いや、あの」


「じゃあ、俺ストレッチ行って来るなー」



丸井はスキップでもしそうな勢いで階段を上っていった。
彼女はちょっと待てと伸ばした手は行き場が無い。
隣の男を見れば苦笑い、
奥にいる幸村達は申し訳なさそうに会釈した。




え、本当にやるの?















「………死ぬ!」

「すまんのぅ」



丸井くんとの試合のあと
赤也くんにも試合をせがまれてしまい、
ほとんど休憩無く全部で3試合。

立てなくなってしまい屈辱ながらも
雅治くんに背負われている。
あぁ恥ずかしい…
でも、残り二人には勝った。意地で



「赤也くんとのタイブレークは効いた…」

「…じゃから止めんくてスマン言ってるじゃろ?」

「…はぁ…おんぶとか…」

「スマ…おい、それは謝らないぜよ?」

「ふふっ分かった?」



時折話しながら、しかし静かになると
仁王の後ろ髪を弄ったり背を撫でたりする。
たまにくすぐったいのかピクリと動く肩に
彼女が笑いを感じる。
納得はいかなそうだが止めない彼。









夕日で長く濃く伸びる影は二人分。






二人の耳には




騒々しく鳴く蝉の声なんて

聞こえなかった。




聞こえるのはお互いの声のみ。






静かに揺れる息づかいが聞こえる頃

耳元の寝息が聞こえる頃








帰るまでの間は






蝉の声は止まっていたんだ。








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