緋紅的牡丹

□女帝苛烈
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まるで普通の少女だと思っていた。

三浦ハルは中学の頃に新体操部に居たそうだ。ケーキがとても大好きで、毎月一回にケーキを大量に買って食べるのだそうだ。

何故毎週ひとつづつ食べないのだろうかと不思議に思ったが、まあそれは別に俺には関係のないことだ。

甘ったるい紅茶よりも、酒を好む自分と趣向がまったく合間見えない三浦ハル。乳臭い匂いを振りまく三浦ハルと、香水の匂いを振りまく俺とはまったく違うのだ。

昼時に一緒に昼食をとったり、一緒にアフタヌーンティーを飲んだりなどしてもまったく意味は無い。

無意味なほどくだらないモノはこの世にはありはしない。

そう分かっているのに、どうして今指にカップの取っ手をひっかけているのだろうか。不思議だ。

「ボスは、一体どんな風に休日を過ごされるんですか?」

「寝る。酒。」

「なんだかおじさんみたいです。」

「カッ消すぞ」

「ごめんなさい。冗談です。」

くすくすと笑いながら、冗談だと言える人間なんて今も生きているあの老いぼれ以外にはコイツしかいない。

神経を擽ってくるこの女は、俺の忌諱に触れてこないのだ。微妙な境界線が見えているのか感じているのか知らないが。

鼻を擽る紅茶の匂いが心をもやもやとさせる。

こんなままごとのようなものに、どうして俺が付き合わなければならないんだ。

「ボス」

何故こうもかき乱されるのか分からない。生活の一部として、三浦ハルが入りこもうとしているのすら気がついていながら、知らないふりをしてきた。

痒くなるような声音で俺を呼ぶその動きが、子供のようであり、やはり女のようだった。

それがフッ、と簡単に怒りを触発した。

今までどうしても、コイツに怒りは向けられなかったのに。もしかしてこの女を此処に送り込んできた本当の目的は、三浦ハルの特異体質のせいなのではないかと考えた。

この女は人の怒りを吸い取ってしまうような、そんな人間離れをしている能力が兼ね備われているのではないかと考えた時期がある。ばかばかしくてすぐにその考えをやめたのだが。

今まで不思議なくらいに怒りが無かったので、こうして簡単に湧き上がる感情を胸にして、ああ、コイツは普通の人間だと改めて理解する事が出来た。

熱い、いつも通りの感情の感触がした。

指にひっかけていたカップを投げつけた。入っていた液体が宙に舞い、三浦ハルの頭の上へ振りかかった。

茫然としている三浦ハルの顔を見た瞬間に、マグマのように熱い怒りが無くなり、冷たい氷のようなものが体中に広がった。

それを罪悪感というモノだと俺はその時知らなかった。



「・・・おい、」



久方ぶりに女々しい声が出たものだ。

思わず苦笑したくなる声音だったが、眼の前で自分のカップを両手で握りしめ、こちらを見続けている三浦ハルにどうしたものかと声をかける。

もう、殺してしまおうか。

毎日アフタヌーンティーを持ってきて、くだらない雑談をされて、しかも相手は沢田綱吉の友人だ、殺してしまえば、奴もきっと何か反応をしめすだろう。

そう思って手を伸ばす。女の手だった。

手を視界に入れるたびに、身体の中にウジ虫がわき出たような違和感、異物感が生じるのだ。心臓のあたりに鉛が埋め込まれているかのように。

俺は俺の手を好きになれなかった。手だけではなく、身体も大嫌いだった。

だが、それでも大嫌いな掌でも、人を殺せる拳銃を掴めるし、女にしては握力もあるし、普通の男なんて簡単に殴り飛ばせるし殺せるし。

何も問題は無いのだ。

女に生まれたからといって、何か不便があるわけではないのだ。

殺しに関しては。



手を伸ばし、頬に触れた。ぬるくなっていたので火傷にはなっていない。

別に火傷してもよかったかもしれない。俺の痛みと似た痛みをコイツにも味わえばいいのだ。

舌には甘ったるいドルチェや紅茶やココアの味しか知らないこの子供に、痛みの辛さ、苦さを教えてやればよかったのに。

最初に熱い紅茶を持ってきたときに投げつければよかったのだ。

カップの中の液体がぬるくなったのは知っていた。ぬるくなった途端に怒りがわき出て投げつけた。

「・・・わあ。」

的外れに、棒読みで驚いていた。

「・・・こんな近くでボスを見たのは、初めてかもしれません。」

頬に触れた手でなでる。女の頬だ。俺と同じ感触がした。

俺もコイツをこんな近くで見たのは初めてだ。

くりくりとした瞳は俺の眼を見て離さない。

「素敵っ。」

にこっ、と笑って、三浦ハルも真似をするように俺の頬に手を伸ばしてきた。赤ん坊が母を求めるように拙く、でも確かにまっすぐに俺に向かっていた。

思わず手を払って拒否をした。俺の手は三浦ハルの頬に吸いついたままだ。

叩き落とされた手をしばらく見つめて、学習能力がないのかまた子供みたいに手を伸ばしてきた。

呆れた。

払いのけはしなかった。

三浦ハルの手が俺の頬に触れた。

その手は暖かく、やはり女の手であった。



「殺し、たい」



あの時と同じく、泣きそうな女の声だった。









最初書こうとしていた事が何一つ書けていなかったという罠。

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