8時40分。愛の劇場を派手に繰り広げていたことにより、朝食の時刻は大幅にずれた。
食卓を挟んで向かい合う形でカミュと氷河は席につくと、二人とも丁寧に頂きますと軽く手を合わせてからフォークを手に取る。
カミュは少し焦げかけたスクランブルエッグを口元に運びながら「氷河のスクランブルエッグは、いつ食べても美味いからな」と満足げに笑んだ。
そんな彼の言葉に氷河も嬉しそうに瞳を細めて「すみません、なかなかオムレツが上手く作れなくて…」と返す。
そんな天使のような年下の恋人の笑顔に、カミュはフォークを握り締めたまま暫しぼんやりと見とれていた。
穏やかな朝食の時間が過ぎ、いつものようにカミュを仕事に送り出すと、氷河は一人リビングの壁に掛けられていたカレンダーを眺めて大きく頷く。
そう。今日は2月14日。世間ではバレンタインデーと言うことで、ここ十二宮内でも密かな盛り上がりを見せていた。
星矢はサガにプレゼントするのだと、この日のためにバイトまでして赤ワインを購入していたし、紫龍などは去年から丹精こめて漬け込んでいた梅酒をシュラへと贈るのだと張り切っていた。
一輝などは意地っ張りなため、面と向かっては渡せず、結局日本の愛媛までわざわざ出向いて蜜柑狩りをし、それを大量に処女宮まで送りつけると言うことまでやってのけたのだった。
まだ13日の午後と、バレンタインデーには少々早い到着ではあったものの、恋人からの贈り物に大層感激したシャカは、食後には必ずその蜜柑を10個以上は食べているのだと、昨日買い物帰りに処女宮を通り掛った際熱く語ってくれた。
そしてもちろん、氷河も他の仲間と同じく、プレゼントを考えた。
去年は、チョコレートアイスを作ってカミュにプレゼントしたところそれが大好評で、冷凍庫いっぱいにあったアイスをカミュはたったの数日で平らげたのだった。
カミュは結構なチョコ好きで、喫茶店に入った時なども、普通にデラックスチョコレートパフェなど注文している。
そんなチョコレート大好きな恋人のために氷河が思いついたのは、愛情たっぷりのハート型のチョコレートケーキだった。
氷河はいそいそとキッチンに向かうと、以前カミュからプレゼントされた純白のエプロンを着けて、いざ料理を開始した。
まずはチョコレート味のスポンジをハート型に焼き、それにチョコレートとチョコクリームでデコレーションして行く。
デコレーションは難しいが、やっているうちに不思議とだんだん楽しくなってきて、生クリームで花を描いてみたり、チェリーやらイチゴやら色合いの良いフルーツを、次から次へと見た目よくトッピングして行く。
「さてと、それじゃぁ最後に、ケーキ屋さんでわざわざ特別に作ってもらったアヒルさんのマジパン人形を真ん中に飾って、と!」
完成だーーーっ!!
氷河は出来上がったばかりのケーキを満足げに眺めた後、ピンクのハート模様の箱へとそれを丁寧に収める。
そしてそれを冷蔵庫へと仕舞いながら、プレゼントを受け取った時のカミュの幸せそうな笑顔を思い浮かべて暫し至福に浸る。
今夜はきっと素晴らしい夜になるだろう、氷河の胸はそう独りでに弾んでいた。
夜。いつもよりも少し豪華な夕食の後、氷河はおもむろに冷蔵庫からピンクのハート模様の箱を取り出してきて、カミュの前に差し出す。
カミュはそれを見て一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに今日がどんな日か気付いたらしく、「ありがとう、氷河」と満面の笑みでその箱を受け取った。
ゆっくりと箱を開いてみると、色とりどりのフルーツの飾られたハート型のチョコレートケーキが現れる。
そして、フルーツに彩られたハートの中央には、可愛らしいアヒルのマジパン人形が鎮座しており、その前には白いチョコペンで『氷河より 愛をこめて』との文字が並ぶ。
カミュは感動のあまり、すぐさま氷河を引き寄せその腕の中に閉じ込めると「氷河、本当にありがとう。私のために…!」と氷河の唇に触れるだけの軽いキスを落とした。
「カミュ…あなたに喜んで頂けて、この氷河、とても嬉しいです!」
僅かに頬を赤らめつつ上目遣いに言う氷河の愛らしさに、カミュは更に彼を強く抱きしめ何度も啄ばむようなキスを繰り返した。