桜蘭高校ホスト部

□「あの日の観覧車」
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「馨、早く!」


 そう僕に笑いかけて、光は駆け出す。


 一面に広がる真っ白な砂浜と、向こうに銀の陽光を散りばめて横たわるエメラルド色した海。僕らの頭上には雲一つない空が広がっていて、その澄み切ったブルーが僕を 光を優しく包み込む。


「馨、早く早く!」


 走りながら肩越しに振り向いて、光が僕を呼ぶ。その顔いっぱいに笑みを咲かせて。そんな彼を追いかけながら、太陽みたいだ、と思った。


明るくて、暖かで。光は夏の太陽みたいだ、と。


「待ってよ、光!」


 必死に追いかけるけれど、僕と光の距離は増すばかりで。


「馨!?」


 僕に笑いかける光の姿が、どんどん遠くなって行く。


「光! 光!!」


 大声で呼ぶけれど、その声も届かなくて。濃いブルーに飲まれてく光に、ありったけの声で名を呼んで片手を伸ばした。



 白いモヤが晴れて、徐々にクリアになった視界に見慣れた天井が映る。そして、ゆっくりと覚醒する意識の中、先ほどの事が夢であったことを悟る。


 僕の手は、そこにいるはずのない自分の片割れを求めて、真直ぐに空へと伸ばされていた。


その手を枕元のサイドテーブルへと伸ばして目覚まし時計を確認する。大学に行く支度をするにはまだだいぶ早い時間だったけれど、どうせもう眠れそうもないので洗面所へ向い顔を洗う。


ひどく冷たい水が、今の弱くなった自分に厳しい現実を突きつけてくるみたいな気がして、急いで洗い終えると雫が滴るのも気にせず顔を上げる。


瞬間、鏡に映し出された自分の姿から咄嗟に目を逸らす。


こう言う時、双子だと言う事実が悲しくも思える。鏡や窓ガラスに映った自分を見る度に、あの明るい笑顔を、無邪気な微笑みを思い出してしまうから。


 イギリスの大学へ行きたいと言い出したのは自分自身だし、兄の光とも双子として依存し合うだけでなく、心から信じあえる良い関係を築けている。だからこそ、二人の間に横たわる時間を越えた距離など関係ないと、安心して日本を発ったはずだった。


それなのに、いざ離れてみると、どうしてだろう。半身を根こそぎ持ってかれたみたいな喪失感が、僕を毎日苦しめる。


 手早く支度を済ませて部屋を出る。エントランスホールを抜けると、目覚め始めた街並みが昨夜の雨の名残をそこかしこに散りばめて朝もやの中、朝日を受けてガラス細工のように繊細な輝きを放っていた。


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