六月に入ったとある週末。常陸院光・馨の兄弟は二人して父の所有する兵庫の別荘へと訪れていた。
別荘は市街地からは随分と離れたところに位置し、北欧建築物を思わせるしゃれた白亜の外観が深緑に一際生えていた。
その日は低い雲の垂れ込める大変湿度の高い日で、都会から涼しさを求めて到来した二人だったが、山の中腹と言うこともあり気温こそ若干低めではあったものの、身体にまとわりつく湿気は街と然程変わらず、涼しさや爽やかさなどを体感することは全くもって叶わなかった。
それどころか、付近を散策すべく二人が川べりを歩み始めた頃には小雨さえ降り始めていた。
「やっぱ降ってきたか…」
舌打ちして言う兄の光に、溜息混じりに頷いて
「しょうがないから、あそこで雨宿りしようか」と弟の馨が提案する。
仕方ないと言う表情で、光も目で頷き返すと、二人は肩を並べて大きな落葉樹の方へと歩んで行き、その幹にもたれかかった。
「暫く止みそうにないね…」
「うん…」
重く広がる灰白色の空を見上げて言う馨とは対照的に、向こうに流れる細い川を見つめたまま光が静かに頷く。
川面は曇り空を映して、下流へ下流へと緩慢に流れて行く。
聞える音と言えば、木の葉を叩く軽い雨音と、静寂に染み入るように奏でられる小川のせせらぎのみで、それ以外は魚の跳ねる水音はおろか、野鳥の鳴き声さえ聞えてこなかった。
湿度は相変わらず高く、じめじめとまとわりつく湿気に、いい加減うんざりしたように光が粗野な手つきで額に貼り付いた前髪を掻き上げる。
これほどまでに蒸し暑いこの場で、静かに流れる小川のせせらぎだけが、やけに涼しげに耳に響いてくる。
「川の水、冷たいのかな…?」
いまだに小川を見つめたまま、ぽつりと光が呟く。
「そうだね…よく、川の水は冷たいって聞くし」
そう答える馨も、先ほどからぼんやりと小川を眺めている。
「だよな、冷たいよな?」
「うん、そう、思うよ」
馨の返事を聞き終えると、光はにっといたずらっぽく唇の端を持ち上げて見せた。そしていきなりその場から駆け出す。
「光!? まさか!!」
兄を追って木陰から駆け出す馨へと、
「そのまさかだよ!」と笑顔で快活に返すと、光は服のまま小川に思い切りダイブした。勢いよく跳ね上がった水飛沫が馨の頬にパシャンとかかる。
「光!?」
兄を心配して呼びかける馨に
「大丈夫だって。この川、結構浅いし」
と水面から頭だけ出して光が言う。
「冷たくて気持ちいいから、早く馨もおいでよ!」
笑顔で手招きする光の長い指先から、いくつもの透明な欠けらがキラキラと音もなく散る。