校内はそれぞれに挨拶を交わす生徒達や華やいだ笑い声で、既に活気に満ち溢れている。その日も常陸院家の双子 光と馨は、普段通り女子生徒達の挨拶に愛想良く応じながら教室へと歩を進めていた。廊下の窓から射し込む陽光が弟 馨の横顔を照らしだし、光は思わずその清廉さに目を奪われる。同じ遺伝子からなる同じ顔のはずなのに、いつだって見とれずにはいられないのだから不思議だと思う。
「何?」
視線に気付いたらしく、馨がこちらへと目を向けて小さく笑んだ。その表情も眩しくて、光はまともに視線を合わせていられず、別にとだけ返して前方へと向き直る。
「ねえ、別にって何さ? もしかして、僕の顔に何か付いてるとか?」
「ち、違うよ。何も付いてない」
「それじゃ何? ちょっと考え事してたから、超間抜けな顔してた……とか?」
「なっ、ないない!」
馨に限ってそんな顔あるはずないじゃないか! という言葉を飲み込み、
「ただ……いい天気だなあと思ってさ」
上手くごまかしたつもりでいたが、ふーん……でも窓あっちだけど、と馨から全く明後日の方向を指差され、更に狼狽えることとなった。
「んもう、いいじゃん、何だってさ」
「そう? でも、念のため後で鏡見ておかないと」
「だから、ほんっとうに何にも付いてないんだってば。疑り深いなあ馨も」
冗談だよ、と返して馨はくすくすと笑った。陽射しが彼の髪や頬で弾けて目が離せない。彼の周囲だけプラチナの粒子が宙を舞っているかのようだった。
冷たく張り詰めた冬の大気も、光は嫌いではなかった。密着していても熱くなく、より心地良く馨の体温を感じられるからだ。
「おはよう」
教室に入ると、まず最初にハルヒの明るい声により迎えられた。おはよう、と二人声を揃えて返し席へとつく。
「やっぱハルヒは早いよなあ」
「まあ、お弁当とか作んないとならないからね」
「毎日面倒じゃない?」
「贅沢は敵だよ」
「出ました、庶民魂!」
とまあこんな風に光がハルヒをからかって遊んでいるところに、教科書を机の中に仕舞おうとしていた馨の声が耳に届く。
「何か机の中に……?」
言いながら取出した馨の手には、ビニール製のピンクの小袋が握られている。袋の口の部分は光沢のある赤いリボンでちょうちょ結びに結われ、ご丁寧にカードまで貼り付けられていた。
それを目にした光の心情は当然穏やかではない。
「こんなもん、一体誰が!?」
目くじらを立てつつ即座に馨の手からピンクの袋を奪い取り、険しい表情でカードへと視線を走らせる。同系色のカードにはブルーの文字で『馨くんと光くんへ』と記され、そこここに手書きのハートマークが踊る。カードの裏側を見てみると、『一年Cクラス 雪野清香より』とあった。
「どれどれ?」
光の手元を馨が覗き込み、納得したように顔を上げた。
「なあんだ、雪野さんって言ったら常連さんじゃん。何で光そんな怖い顔してんの?」
「そりゃ常連さんには違いないけど、何で馨にプレゼントなんて……」
膨れる光の手から袋を受け取り、馨は丁寧にリボンを解いた。ふわりとバニラエッセンスの香りが漂う。
「プレゼントって言ったってただのクッキーだし、それに僕だけに宛てたものじゃないんだから」
窘めつつ袋から一つクッキーをつまみ上げる。それはお世辞にも良い趣味とは言い難い形状をしていた。
「ど……ドクロ!」
それまでの険悪ムードを一気に払拭する勢いで二人の声がハモった瞬間だった。クッキーは見事なまでのドクロ型に型抜きされ、その頬部分には何故か頬紅に見立てたストロベリーチョコレートがトッピングされている。
「微妙……だよね」
顔を見合わせて頷きあう。気付けば馨の手の中の手作りドクロクッキーは、クラスメートみんなの視線を一身に浴び、その頬を余計に染めているように見受けられた。まあ当然、双子がそう感じたに過ぎないのだが。
「昼休みにでも一緒に食べよ?」
「そ、そうだね。センス悪いけど味は良いかもしれないし」
「ひっ、光! そんなこと言っちゃ駄目だよ!」
「何だよ、馨だって同じこと思ってるくせに」
「い、いやその……ここ、これは、ある意味芸術だよ」
「芸術ねえ……それにしては爆発しすぎだと思うけど」
「つうかさあ、ドクロのクッキーカッターなんてあるんだね」
「ふむ、レアだ」
とまあ、論点は果てしなく逸れ、光の嫉妬心も一旦は沈静化したかのように思われた。