聖闘士星矢

□「氷河より愛をこめて☆」
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 午前8時。いつものように氷河は、宝瓶宮のキッチンにて朝食の準備に勤しんでいた。


プレーンオムレツを作るべく、ボウルに卵を割り、泡立て器で軽くかき混ぜる。


そして、予め熱して置いたフライパンにバターを入れて溶かし、そこへ解きほぐした卵液を流し入れる。


ここからが本番だ。氷河はフライ返しを手にすると、今日こそはっ! と気合充分に呟き、フライパンの中のいい感じに焼き色の付き始めた黄色へとそっとフライ返しを差し入れる。


そしてオムレツの形に整えようとした瞬間、やはりそれは見事に破れてしまった。


はぁ…またか……。


大きな破れめのできてしまったそれに、盛大な溜息を落として氷河はがっくりと肩を落とす。


けれど、今こんなことで落ち込んでいる場合ではなかったことに気が付くと、とりあえずオムレツにするのは諦め、再び朝食作りに集中する。


そうして忙しなく氷河が支度しているところへ、カミュがまだ寝癖の残る前髪を気にするでもなくやってきて「やぁ、おはよう、氷河」と声を掛けてくる。


氷河は、さっき作り終えたばかりのフルーツサラダをガラスの器に盛り付けながら「あぁ、カミュ、おはようございます」とすがすがしい笑顔で挨拶する。


けれど、カミュの表情を目にした瞬間、氷河の瞳が驚きに見開かれた。


何故なら、カミュの目の下にはくっきりとクマができ、瞼などはもう三重くらいにまで腫れぼったくなってしまっていたからだ。


「か、カミュ、もしかして、昨夜も徹夜されたんですか?」


「あぁ、ちょっとな」


「だっ、大丈夫なんですか!? 顔色が悪いですけど」


「あぁ、平気だ。4日や5日ごときの徹夜など、この氷の手品師とも言われる私にとって、大したことではない」


言ってクールに微笑するカミュだったが、そんな彼の表情からは明らかに疲弊の色しか窺えない。


しかも、自分で『氷の手品師』と言ってしまっているのに一切気付いていない辺り、相当に睡眠不足が重なっているであろうことが氷河にもひしひしと伝わってきた。



カミュはここ数日間と言うもの、毎晩のように執務に追われているようで、夜は寝ずに書斎にこもっていると言う日々が続いていた。


こんな日々が長く続けば、さすがのカミュとて身体を壊しかねないと氷河はひどく心配し、夜食を持って行く度に「あまり無理しないでくださいね」と何度も何度も念を押した。


それでもカミュは、どうしても片付けなければならない執務があるからと言うばかりで、身体を休めようとはしてくれなかったのである。


最初の二日ほどは、まだまだカミュも普通に元気だったしまだ良かったのだが、三日目以降から急激にカミュの表情はやつれて行った。


氷河はもう心配で心配で気が気でなくなり、宮中にあったペンと言うペンを、そして鉛筆と言う鉛筆を全てカミュの分からない場所に隠し、なんとかして徹夜するのを阻止しようと試みたのだが、それでもカミュは氷河のことを一切責めるでもなく、相変わらず書斎にこもると言う日々が続いたのだった。


「カミュ、どれほど大変な執務を仰せつかっているのか俺には分かりませんが、もうこれ以上徹夜は止めてください! 俺、あなたのことが心配で心配で、夜も眠れないんですよ」


潤んだ瞳を真直ぐに向けて言ってくる氷河へと、カミュは憔悴しきった顔いっぱいに笑みを浮かべて「あぁ、もう徹夜は終わりだ」と僅かに高揚した声音で告げる。


それを聞いた氷河の表情も一気に輝きを増す。


「それ、本当なんですか、カミュ!?」


アイスブルーの瞳がキラキラと輝き、カミュだけを映す。


「あぁ、もちろんだとも。今夜からはまた氷河、お前と一緒に眠ることができるのだ」


徹夜続きのためナチュラルハイになっているカミュの瞳にも涙が光る。


「カミュ! 氷河は、氷河は…嬉しいですっ!」


言うなり氷河は、思わずカミュの胸に思い切りダイブしていた。そんな可愛い恋人の身体を少しよろめきながら抱きとめると、カミュはその陽だまりのような柔らかい氷河の金髪をそっと撫でる。


「すまなかったな、氷河よ。一週間近くも寂しい思いをさせてしまって……」


「…いえ、いいんです。だって、だってカミュは、お仕事で忙しかったのですから……。それにこの氷河、あなたの愛ならば、どんな時だって感じていますので…!」


「そうか、そうなのか氷河よ……!」


朝っぱらからキッチンのど真ん中で抱きしめあい、号泣するカミュと氷河。


フローリングには、先ほど氷河がカミュの胸にダイブする際に投げ捨てたおたまが、ヨーグルトソースの飛沫を散らして転がっている。


「氷河よ…今夜はお前を決して離さない…!」


どさくさに紛れてサラっとすごいことを口にするカミュの腕の中で「えぇ、決してこの氷河のことを離さないでください!」などと氷河も頬を桜色に染めながら何気にすごい台詞を口走っている。


そうして暫し、朝の愛の劇場を繰り広げていた二人だったが、電気ポットの電子音でようやく密着していた身体を離したのだった。


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