「は?なんですか?これ??」
昼下がりの白羊宮で、1つのティーカップを前に疑問符を浮かべているのは、キグナスの聖闘士 氷河だった。
カップの中には謎のピンクの液体が並々と注がれている。
色は確かに綺麗だけれど、お世辞にも飲みたいと思える色合いではなかった。
しかも、その毒々しい色合いは、まさしく絵の具のようでもある。
「何って・・紅茶ですよ」
平然と返してくるムウに、氷河は確実にこの人は嘘を言っている!!と確信した。
「新作の紅茶なんですよ。今回、良い具合に完成したので是非あなたにも飲んでいただこうかと思いましてね」
とニッコリ微笑むムウ。けれど氷河には、その微笑が何よりも恐ろしく思えた。
「ほっ・・ほんとに紅茶なんですね?何だかイチゴみたいな匂いしますけど・・」
何だかよく分からないが、底知れぬ不安感のようなものが湧き上がってくるのを感じる。
イチゴの匂い、そしてこの毒々しいまでのピンク色…。
それは、明らかに怪しいことこの上なかった。
「どうしても飲まないといけませんか?」
思わずそんなことを言ってしまってから、随分と失礼なことを口走ってしまったものだと後悔したけれど、時 既に遅し。
ムウは僅かに不敵な笑みを浮かべてこう言ってきたのだった。
「昨日カミュにも飲んでいただいたのですが、実に気に入っていらっしゃいましたよ」
−−カミュが?!カミュが、このいかにも謎かつ怪しげ全開な紅茶を!!??
さすがは我が師カミュ!!このような奇妙奇天烈なものを目前にしても動じないとは!!さすが俺の師だ!!−−
と寧ろ別の意味で師を偉大に思う氷河だった。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ」
ムウの穏やかだけれど、どことなく黒さを秘めた笑みに促されるままに、氷河は謎の紅茶の入ったカップを口元へと運ぶ。
「では、いただきます」
一応そう言ってから、中の液体を口に含んだ。
けれど、予想していたよりも味は随分と普通だった。
紅茶と言うよりはイチゴジュースっぽくはあったものの、それほど悪くない味である。
−−意外といけるかも…。
などと思いつつ、氷河はその謎紅茶を一気に飲み干したのだった。
「ご馳走様」
カップをソーサーに戻しながら、ムウへと礼を言う。
ムウが満足そうな笑みを浮かべて
「どうでしたか?お味は?」と尋ねてきたので、
「えぇ、なかなかに美味でした」と氷河も笑顔で返した。
その刹那、ムウの笑顔がほんの一瞬だけ不敵な笑みに変わったような気がしたけれど、それはきっと自分の気のせいだと思いなおし、よからぬ心配はやめておいた。
「そろそろ俺、カミュの元へ行かなくてはなりませんので…」
「分かりました。それでは、カミュにもよろしくお伝えください」
ニコリ−−と微笑んだムウの顔が、まるでほくそえんでいるように見えたのだが…きっとこれも自分の気のせいだろう。
そうして氷河はムウに会釈して、白羊宮を後にした。
石段を上がり始めたとき、突然 原因不明の眩暈に襲われ、氷河はその場にうずくまる。
−−…いったいどうしたと言うんだ…!?
こんなにもひどい眩暈に襲われたのは生まれてこの方初めての経験だった。
空が下に感じられ、血の気の引いて行くような浮遊感を感じる。
思わず片手で顔を覆えば、こめかみからはじっとりと冷や汗がにじみ出ていた。
自分はこれからどうなってしまうのだろう…。底知れぬ不安感を覚えながら、氷河はついに意識を手放した。