聖闘士星矢

□「初恋」
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 氷河がこの宝瓶宮で暮らし始めて、はや1年が過ぎようとしていたある日のこと。休日の午前中、急に思い立った彼は私室のクローゼットの片付けに没頭していた。


部屋の床はもうほとんど足の踏み場もないくらい本やアルバム、修行時代に使用していたノートの数々で埋め尽くされ、それらの1つ1つを手に取っては眺め、つい懐かしさに浸る。


算数のノートの間に挟まれていたテスト用紙。氷河と書かれた子供らしい昔の自分の文字の隣には、赤い大きな花丸と『よくできました』と書かれた師の端正な文字が並ぶ。しばらくの間氷河は、それを懐古しつつぼんやりと眺めていたが、自分の周囲に散乱している本やら他のノートやらのことを思い出すと再び留守になっていた手を動かし始めた。


もうおそらく読むこともないであろう古い小説などをきちんと積み重ねて、紐で束ねて行く。そしてそれら本の塊を、後で捨てるために部屋の隅の方にと並べて置いておいた。


足元にあったアルバムを手に取ると、中から1枚の写真がスルリと滑り落ちた。それを急いで拾い上げ眺めてみる。


「あぁ…懐かしいなぁ…」


確かそれは、数年前氷河が日本から聖域へ遊びにきた際、ミロがおもしろがって自分と師のツーショットを撮影したものだった。


照れてうつむき加減の彼の隣には、薄く微笑む師カミュの姿。もともと色素の少ない師の肌と、燃えるような紅い髪が、ギリシャの澄んだ青空に映えて美しい。


あの頃の氷河は、師への想いをどうすることもできず、ただただ辛い日々を送っていた。その強さを優しさを微笑みを、全て独り占めできたらいいのにと何度思ったか知れない。


 不意にノックの音がして、その後に自分を呼ぶ彼の声が聞こえた。


「氷河、そこに居るのだろう?入ってもいいか?」


「どうぞ」


ドアの方へと視線を向けて言うと、ドアはすぐに開かれ、彼が入ってくる。彼は室内を見るなり、僅かな苦笑を浮かべて「何だ、この散らかりようは…」と呆気に取られて言った。


「今、クローゼットの片付けをしているんです」


「そうだったのか」


氷河の言葉に納得したように彼は微笑むと、フローリングに散らばっている本の山を軽く飛び越えて氷河の元まで歩み寄る。それから「いったい、何を見ているんだ?」と氷河の手の中の写真を覗き込んだ。


「ほぉ…懐かしいな…昔、ミロが撮った写真か」


やはり彼も覚えていてくれた。そう思うと氷河は嬉しくなって、自然と彼に微笑みかけていた。


「もう少しで昼食の支度ができる。片付けが、切りのいいところまで終わったところでリビングにきなさい」


そう言うと彼は氷河の柔らかな金髪をクシャクシャッと撫でて、再び本の山を飛び越えて部屋を出て行ってしまった。


 手にしていた写真を元のアルバムへと挟み直し、氷河は片付けの続きを始める。


昔のノートに混じって、何やら若草色の古ぼけたノートが目に入る。何かと思い氷河がそれを手に取ると、表紙には青いペンで『日記帳』とだけ小さく記されているのだった。


何気なく表紙を開くと、明らかに子供の書いたものと分かる文字が並び、時折風景やら動物などの絵も描かれている。それは彼が幼き頃に書き記した日記だった。


ペラペラとページをめくって行くと、特に思い出深い出来事に視線が奪われた。左のページには、その日あった出来事が簡単に記され、右のページには白い子犬のイラストが描かれている。そして、イラストの横にはLittleと書かれていた。


Littleと言うのはシベリア修行時代、氷河が飼っていた子犬の名前であり、とても小さくて愛らしかったことから彼が好んで付けた名だった。イラストをぼんやり見つめたまま「リトル…」と自然と呟きが唇から零れ落ちる。


不意に呼び覚まされた切ないまでの郷愁は、彼の意識を一気にあの頃へと連れ戻した。


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