聖闘士星矢

□「誕生日に心をこめて」
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 コタツの上に料理が並び、少し遅い夕食の時間が始まる。

「先生、俺達ボルシチ作ってみたんです」

スプーン片手に、にこにことして言うアイザック。氷河も先生の隣で無邪気に微笑んでいる。

「2人ともありがとう、私のために」

先生は愛弟子達を誇らしげに見つめて優しく微笑した。

 それから、3人同時にその不気味な色合いのボルシチを口にして、3人同時に手にしていたスプーンを落とした。不味かった。とてつもなく不味かったのだ。言葉ではとても表現できない悪夢のような味だった。

3人ともそれを死を覚悟の上、全て無言で飲み干した。3人の額に脂汗がにじみ、顔色は次第に青ざめて行った。

次に3人とも口直しにと、パンケーキを口に運ぶ。だが今度は、3人ともその状態のまま硬直してしまった。

甘かった。正直3人とも、一夜にして糖尿病に犯されてしまうのではないかとさえ思った。チョコレートに砂糖と蜂蜜、その上メープルシロップを掛けたくらいに甘かったのである。

実に栄養バランスの悪い食事だと3人とも内心そう思ったが、それを誰も口にすることはなかった。

 氷河とアイザックは自分のために一生懸命、心をこめて作ってくれたのだ。残す訳にはいかない。

優しいカミュ先生は、こうして最後まで微笑を絶やすことなく全て平らげてくれたのだった。


 その夜、当然のごとく3人の胃はもたれた。

夜中、何とも言われぬ胃の不快感で目覚めると、隣の2段ベッドで眠っていたはずの弟子達がいないことに気が付きカミュは寝室を後にした。廊下の向こうのリビングに灯りがついているのが寝起きの視界に入る。

リビングのドアを開けると、コタツを挟んでアイザックと氷河がげっそりした様子でグラスの中の水を飲んでいる姿があった。

「カミュ先生」

ドアのところの彼に気づいたアイザックが小さく言う。その声に、氷河も肩越しに振り向いて先生を見た。

先生はドアを閉めると、こちらへと歩いてきてコタツへと入った。

「先生もお水飲みます?」

氷河の言葉に彼は「ああ」とうなずく。そして「お前達も胃の具合が悪いのか?」と問いかけ、弟子達が「はい…」とゆっくりうなずくのを見ると、カミュはコタツから出て奥へと歩いて行った。

奥の棚の少し分かりにくい場所に置いてあった救急箱から、何か薬の瓶を手にしてカミュ先生が戻ってくる。コタツに先生が置いたものは、胃腸薬の瓶だった。

瓶を開けると先生は中の薬を一粒ずつ氷河とアイザックに手渡してくれた。

また3人とも同時に胃腸薬を口に含み、グラスの中の透明な液体をごくりと飲み込む。

 『ラッキープレースはリビング、ラッキーアイテムは胃腸薬です☆』

なんとなく3人とも、ラジオの占いを思い出してグラス片手に笑いあった。

さっきまで降っていた雪が止んで、大きな窓の向こうの漆黒の天には細い銀の月が顔を覗かせていた。



 後日吹雪の中、ミロが雪まみれになりながら、この東シベリアの地までカミュに62790円返しにきたらしい。

〜Fin〜
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