聖闘士星矢

□「誕生日に心をこめて」
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 いつも元気なアイザックがコタツから飛び出して電話の方へと駆けて行き、受話器を取った。

「もしもし?…はい、カミュ先生ですね。分かりました」

そう言うとアイザックは受話器を電話台に置いて「カミュ先生、電話ですよ。ミロって言う人から」と言う。先生の顔が一気に険しくなったのを見て、アイザックと氷河はそれぞれその場で硬直した。険しい表情のカミュ先生が電話のところまですたすたと歩いてくる。アイザックは小走りに元の場所へと戻りコタツに入った。

「ねえ、ミロって誰なのかなぁ?」

ちらちらと先生を見やりながらアイザックが声を潜めて氷河に言う。氷河もちらりと先生を盗み見て「さぁ…」と小声で答えた。

先生は受話器を耳に当ててからしばらく無言だった。でも、急に怒りの表情が濃くなって受話器を握り締めているようだった。きっと、電話の相手が何か余計なことでも言ったのだろうと、向こうから見ていた弟子達は思った。

そして先生はいきなり「埋める」と低く言い切ると受話器を置いたのだった。先生が手を話すと受話器が凍って光沢の良い輝きを放っていた。

その時、弟子達は思った。先生を結して怒らせてはならないと。もしも怒らせてしまおうものなら、あの受話器のようになってしまうだろう。それだけは避けなくては。普段、温和な人ほど怒ると怖いと言うが、それは本当のことだと師を見ながら心底実感するのであった。

 先生がまた元の涼しげな表情に戻り、2人のもとまで戻ってきてコタツに入った。氷河とアイザックは、ミロと言う人について先生に尋ねてみたかったが、今その話をするのは危険極まりないと判断し、無言で顔を向き合わせていた。

「どうした?2人ともおとなしいな」

2人の様子がいつもと違うのに気が付いた先生が、順番に2人の顔を見やりながら言う。2人とも少し肩をすくめて「いえ…」とか「そんな…」と小さく曖昧に返事を返した。

そして先生が夕食の支度をするために立ち上がろうとするのをアイザックが引き止めて

「カミュ先生は座ってて。今日は先生の誕生日なんだから、夕食の支度くらい俺達でやるよ」

と張り切ったように言う。これまで料理などしたこともなかった氷河は少し困惑してアイザックを見た。もちろん彼も氷河と同様、今まで料理などそれほどしたことないはずなのにやたらと張り切っている。

「さ、行くぞ氷河」

元気よく言って立ち上がるアイザックに、氷河は「う、うん」と少々詰まりがちの返事をしてコタツから出た。今まで暖まっていた足が一気に冷え切ってしまうような気がした。

「2人では大変じゃないか。私も手伝おう」

と立ち上がろうとする先生の肩に片手を乗せて「いいからいいから。先生はゆっくりしててよ」とアイザックが無邪気に微笑んだ。

心配半分、不安半分で2人を見るカミュ先生を後に、アイザックと氷河はリビングを出てキッチンへと向かうのだった。

 残されたカミュは仕方ないので、とりあえず本でも読みながら時を過ごすことにした。しかし、30分くらいした頃だろうか。

「何入れてるのアイザック!」

「何って隠し味の白ワインだろ」

「それ、白ワインじゃなくてお酢だよ」

「なにぃっ!!それを早く言え!」

「そんなこと言ったってぇ…」

と騒ぐ弟子達の声がキッチンから響いてきて、カミュはどうにも読書に集中できないでいた。今度は何やら焦げくさい臭いが鼻をつく。

「ひょっ、氷河、鍋!」

「どっ!どうしよう…」

「早く水だ水!」

バシャーッと言う水の音に次いで、ジュワァッと言う何かが蒸発するような音が聞こえる。弟子達が何か騒ぎを起こす度ごとに、カミュの気は本から逸れた。

カミュが小さくため息を落として、壁の時計に目をやると、時計の針は午後8時を告げようとしていた。弟子達がキッチンへとこもってから、もうかれこれ2時間が経過しようとしている。どうもおかしいと思ったカミュは、本を本棚へと戻した後キッチンへと向かうべくリビングのドアを開けた。

するとちょうどそこにはアイザックと氷河が、トレーに怪しげな色合いのシチューとも何ともとれない液体の注がれた器を3人分乗せて立っているのだった。そして、その器の隣には白い皿にパンケーキが何枚も積み重なって乗っている。スープ皿の中の液体は非常にドロドロとしており、澱んだ紫色を呈していた。

「あっ、先生」

カミュがドアを開けて、真っ先に目があった氷河が言った。

「あれ?先生、せっかく夕食できたって言うのにどこ行くの?」

アイザックが不思議そうにカミュを見上げた。カミュは「いや、別に」と答えると2人を室内へと入れてドアを閉める。
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