輝きの音色

□序章
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ふわふわと浮いていた妖精が、まるで私の言葉に反応したかのようにこちらを向いた。相手もビックリしているのだろうか、大きなくりくりとした目が私をしっかりと見詰めている。
「あの、ねえってば、」
 妖精は見た目が見た目だけに恐いとまではいかないけれど、驚いてしまって動けない。窓の彼に助けを求めるような気分で、もう一度呼びかける。
 しかし、返ってきたのは予想斜め上の言葉だった。
「先輩、参加されるんですか?」
「何が」
 私が聞いたのは、この目の前の不思議についてなんだけど。もしかして彼には見えて無かったのかしら。
 やっとのことで妖精から目を逸らすと、窓に視線を送る。すると、今度は彼が驚いたようにこちらを見た。
「え、ファータを見ているんじゃ無いんですか?」
「ファータって何?こ、これ?」
 思わず妖精を指差してしまった。
 そのことによって、妖精は私が彼女を見ていることを理解したのか、『まあ!』とか何とか言ってピアノの上から真っ直ぐに私の目の前に飛んでくる。きらきらと、可愛らしい音がするあたり、とても妖精らしい。
 もう一度彼を見ると、やっぱり私の目の前の妖精を見ていた。
「ファータです。今、あなたの目の前に居る」
『あら、ご説明ありがとうございます。あなたは、志水桂一ですね!よく窓の下で寝ていらっしゃるから、私たちの間でもちょっとした有名人なんですのよ』
「はあ、そう、ですか」
 多分、彼は私に答えてくれたのだと思う。何が『説明』なのかは分からないけれど、二人の間で話は通じているらしく、私は見事に置いてきぼりを食らっていた。
 窓の彼は志水桂一という名前で、妖精はファータで、実際に見えていて…少し、気が遠くなる。
『こちらの方は?私、普通科の方が参加だなんて聞いておりませんわ。あなた、参加者の方?そうでなければ早くリリ様にお知らせしなくては』
「あの、さっきから参加者参加者って、何のことなんですか」
『まあ!やっぱり参加者でない方なのね。姿消しの魔法を緩めた訳でもないのに、よく、ああ、リリ様に伝えなくては!』
「あの、だから何の参加者なんですかって」
『実力もありますから、きっと大丈夫ですわ、では』
「だから、何が!」
 聞いている側から、妖精は慌ただしく姿を消した。やはり可愛らしい音を鳴らしながらくるりと回転して、目の前から消えてしまったのだ。
 もう、何がなんだか分からない。今日は会話が出来ない日なのか。
まだ朝なのに、凄く疲れた気がする。
「志水くん、だっけ?」
「はい」
「妖精とか参加者とか…説明、してくれる?」
「ええと」
 もう練習なんて続けていられない。楽譜を片付けたりして退出の準備をしながら彼に説明を仰いだ。また訳の分からない答えが返ってくるような気もしたけれど、答えずに消えられるよりずっと良い。
 彼は少し思案した後、
「学内の音楽コンクールはご存知ですか?」
そう一言聞いてきた。
 学内の音楽コンクールとは、二三年に一度開かれる生徒参加のコンクールのことだろうか。普通科の間では、専らバイオリンロマンスの背景として話されている、あの。
 そういえば、昨日参加者が発表されたとか何とか聞いたような。
「うちの学校の生徒の奴よね?」
「そうです。それの参加者が、」
 志水くんの説明を待たずして、始業5分前を告げる予鈴が鳴った。
「えっ、嘘」
 練習室は音楽科の教室からは近いけれど、普通科の教室からは少し離れた所にある。そのため、予鈴で此処を出てもゆっくり歩いていると学内に居ながら遅刻、という惨事がしばしば起きてしまうのだ。
「聞いておいて申し訳ないんだけと、ごめん、行かなきゃ」
「はい」
 話の先が気になったけれど、脳裏に担任の顔が浮かんで鞄を持った。クラスの担任は遅刻に厳しいくて、荷物を運ばされたり、プリント配布させられたり、コピーをとらされたりと、雑用を押し付けられてしまうことが良くあるのだ。
「お話してくれてありがとう」
「いえ」
 頭はやっぱり混乱したままだったけれど、幾分か落ち着いてきたように思う。
 もしかしたら、予鈴の音や担任を思い出すことで、日常を取り戻そうとしていたのかもしれない。さっきの妖精のことを忘れて、やっぱり見間違いだったのだと思って、普通の学校生活を送りたい、と。
 ドアノブに手をかけると、後ろから声がかかった。
「あの、先輩」
「何?」
 振り向けば、青みがかった綺麗な目が私を見ていた。
「名前を、」
「あ、ああ、私は苗字名無しさん。二年二組」
 じゃあ、と言って部屋を出た。
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