輝きの音色
□序章
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序01「ハーメルンの音色」
まだ生徒がまばらにしか居ない朝、広いとは言い難い個室にピアノと私だけが向かい合っている。
鍵盤の蓋を開いて、つくづく、この学校に入ってよかった、と思う。
この学校は普通科と音楽科の二つの学科が併設されている。
そのため、練習室等の音楽関係が学校の施設として充実していて、普通科の人間でも自由にピアノの練習をすることができるのだ。だからピアノのレッスンの当日にギリギリ練習をすることができたりもして、とっても大助かり。
まあ、幼い頃からずっと習ってい近所の教室の先生はちょっとサボっただけでもすぐに見抜いてしまうから、ギリギリ練習はあんまり役に立たないんだけど・・・やらないよりは全然良い、筈。
今週は新学期の準備やら春休み最後の遊びやらでなかなか練習が出来なかったから、その分を何とか最低ラインまで持っていきたい。
そんなことを思いながら軽く指ならしをして、今やっている曲の譜面を開く。ドビュッシーのアラベスクだ。
イメージを膨らませてから小さくブレスし、鍵盤に指を置いた。
水が流れていくような、透き通った、きらきらしたメロディーが私は好き。
そのまましばらく弾いていたと思う。どれくらい経ったかは分からない。しかし、不意に横からガタンと物音が聞こえた気がして、私は手を止めた。
音のした方を見ると、そこには締め忘れていた窓があって、中途半端に開いたその間から・・・人の、顔が。
「え、あの、えええ?!!」
私が驚いていると、相手もこちらに気づかれたのを知ったのか、外から窓を更に開いた。
そこから現れたのは、ふわふわした髪の毛の、とっても眠そうな顔をした男の子。
外からだから、朝練をしている運動部の生徒かと思ってたけれど、服装を見る限りそんなことは無さそうで、見慣れない白い制服がふわふわの彼は音楽科だということを告げていた。
いったい、音楽科が何の用だろう。もしかして窓から聞こえてきた音が汚かったから文句言われちゃうとか・・・?!いやいや、いくら何でも、タイの色は1年だし・・・。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、彼はぺこりと頭を下げて口を開いた。
「すみません。少し、気になったので」
ゆっくりと話す雰囲気からはどうも文句ではなさそうなんだけど『気になった』だから、まだ何とも。
「えーと、貴方、誰?」
「お邪魔してしまってすみません。眠っていたらピアノの音が聴こえてきたんですけど、もっと聴きたくなって、それで、立ち上がったら窓にぶつかって・・・あ、お気になさらず、続けて下さい」
「だから、どなた?」
「続きを、」
見た目に比例したふわふわ感がちょっと独特で、会話のテンポが今一つかめない、というか、会話ができてないという感じ?
このまま延々と続きそうな不毛なやりとりだったのでどうしたものかと少し考える。けれど、思いも寄らない来客でそれは中断されることになった。
「…?」
さっきまで、ピアノピアノと言っていた彼が急に静かになる。「続きを」と言ったまま固まってしまっているようだ。そういえば視線も少し変な所にあるような。
「ど、どうしたのー?」
言いながら、彼の視線を追う。すると、すると。
ピンクのもやが、こう、ふわふわと上下して、ピアノの上に浮いているように見えて、私もそのまま固まってしまう。
見間違えであって欲しいのだけれど、次第にそのもやの中に何かが"居る"のが見えてきて、少しすると、それは完全に絵本で見るような妖精そのものだと認識できるようになっていた。ベルを持った、ピンクの巻き毛の妖精だ。
私は生まれてこのかた、幽霊なんか見たことがないから、多分霊感は無い、はず。じゃあ、目の前のこれは何なんだろうか。
「ねえ、ちょっと、」
妖精から目を逸らさないまま、窓の彼に話かける。彼が固まったのは、これを発見したせいだと確信めいた思いを抱いたからだ。
「その、これは一体、きゃあ!」