浅き眠りの森
□さよなら、
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高校時代は親友で、大学に入って恋人になって、卒業してその先のことを考えて、結婚という言葉が現実味をおび始めてきて。そして私達は気づいてしまった。恋人には向かなかったのだと。
二人で過ごした時間は、離れるには余りにも長すぎた。でもそれ故に、惰性でズルズル付き合ってきた感も否めない。
結婚して、年取って、老後もなんだかんだでなかよく…って考えた時に、隣の顔は果してお互いなのか、と、そんな話をどちらからともなくしたのは先月だったか。
「ねえ、誰かと結婚する時はさ」
「ん?」
「私、多分、一番最初に土浦に言うわ」
狭い部屋の空気が固まった。土浦が雑誌をめくっていた音も、ピタリと止む。
…何てこと言ってるんだろう。仮にも結婚寸前まで付き合ってきた相手だというのに。
自分の発言に呆れながらも、私はその内容が自分の中でとてもしっくりきているのに気付き、少し悲しくなった。
土浦を見れば、困ったように苦笑を浮かべている。
「そんなんで嫁になんか行けんのかよ」
「馬鹿、そういう言い方するから、」
高校時代からもう何度も繰り返し行われてきたやりとりに、私達は顔を見合わせてぎこちなく笑った。
そういえば、この流れの後に土浦が「仕方がないから俺が貰ってやる」って言って付き合い出したんだったっけ。(結局貰われそびれてやんの)(まあでも、結婚前に気付けてよかったじゃん?)
ひとしきり笑った後のため息が辛い。
「ね、やっぱりもう、」
「わざわざ言うなよ」
『もう、駄目でしょう?』
遮られた言葉を心の中で反芻すると、目の辺りに熱が集まってきた。
「おい、」
どうしよう、と思った時にはもう涙が流れてしまっていた。拭おうとして大きな手が伸びてきたけれど、私は一歩後退ってそれを拒む。
「なあ、本当に」
「往生際が悪いなあ。分かってることじゃない」
貴方に私の涙は拭えない。私は貴方に何もしてあげられない。
それぞれの歯車が噛み合うのは目の前の人じゃないのかもしれない、と、小さなズレが重なって、すれ違う悲しさがつのって…結局、虚しさと諦めばかりが残る。
思えば、最後の二年くらいはそれを思い知るための時間みたいなものだった。
「じゃあね」
「おい!」
捕まれた腕を一気に振りほどいて、玄関まで駆ける。腕を掴みはするけれど、急いで此処まで追って来ないのは、やっぱりどこかでこの結果を受け入れてるからか。(別に、気にしてる訳じゃない、けど)
「ばいばい」
上手く掃けてないパンプス、落ちかけたメイク、可愛げのない言葉達。ボロボロの最後だ。
顔は見ないで玄関を出た。ドアが閉じる音ってこんなに重かったっけ。
ドア越しに私の名前が聞こえたような気がした。
さようなら、大切な誰か
家に帰りながら考える。多分、もう連絡はしないだろう、と。土浦だってきっとそうだ。もし連絡が来るとしたら、それこそ結婚報告くらいなんじゃないかと思う。
私は久しぶりに一人で泣いた。今までやけ酒は土浦に付き合わせてたことに気づいて、やっぱり泣いた。