(ズルイなあ……) 伸びをした後に髪を掻き上げる姿すら絵のように様になっていて、千晶は思わずため息を吐いた。 「あれ?」 シャツのボタンを留め始めていた千草が不意に声を上げた。 「どしたの?」 「いや、これ……」 「え? ……ああ、“ソレ”ね」 ボタンを掛ける手を止めて、部屋にあるローデスクから千草が取り上げたのは、長方形の薄い紙切れ。 大人の手の平大のそれは、折り紙を半分にしたようなものだ。一面は白色。そしてもう一面は、千晶の好きな青い色。紛れもなく、折り紙を半分に切ったものである。長方形の一方の端には小さな穴が開いていて、まるで――、 「――また、願いごと?」 指で摘まんだ紙をひらひらさせて、千草が楽しそうに笑った。 「まあ、ね……」 床に落ちていたパジャマを拾って着ながら、千晶が苦笑を漏らす。 「また例のこっわーい先輩が、『今年も七夕するから絶対書いてきなさい!』って脅してきたんだよ」 あの美人な顔で、『書いてこなかったら、どうなるか分かってるわよねぇ?』とか綺麗な笑顔の特盛り付きで言われたら、誰だって怖いに決まっている。……はず。 その時の会社での恐怖を思い出し、千晶の身体が無意識にブルッと震えた。 「で、どうするの? 願いごと」 「んー、どうしようかなぁ。あんまりプライベートなこと書けないし……“健康一番!”とか? でもどうせ、今日雨でしょー?」 難しい顔をしながら、千晶がカーテンを開けて窓の外を眺める。 七月七日など、例年であれば雨が降って終わってしまう。曇りや雨の日には天の川が見えないから、織り姫と彦星は出逢えないのだ――と、いつか何かの本で読んだ気がするなと、千晶はボンヤリ思った。 しかし、今年の七月七日は違うらしい。 「晴れてる……」 カーテンに手を掛けたまま、千晶はポカンと上を見た。 空は曇るどころか快晴で、太陽は昇りきっていないが、青空が広っている。 トン、と後ろから、千晶を囲うように長い腕が伸びてきた。 目の前のガラス窓には、千晶が会社で押し付けられた短冊が寄せられ、後ろから伸びてきた千草の右手には、黒いペンが握られている。 「……千草?」 「去年も言ったでしょ、千晶? 雲の上に行っちゃえば、雨だろうがなんだろうが関係ない、って」 「だから――、」上から降ってくる、顔に似合わず低めの声が、千晶の耳元を吐息と一緒に擽っていく。そのフワリとした感覚に、千晶は堪えきれずに首を竦めた。 「ここに書いた願いは、なんだって届くよ」 「なんだって……?」 「そう。だって、去年の千晶の願いは『千草が欲し……』」 「にゃあぁぁぁぁあぁぁっ!?」 クスクス笑いながらの千草の台詞に、千晶が顔を真っ赤にさせて奇声を発した。焦ったように首を振って、なにも聞くまいとするその姿に、千草の笑みがますます深くなる。 「まあ、千晶の願いなんて解ってるけどね」 千晶の背中にぴったりくっついて忍び笑いながら、千草はおもむろに右手に持ったペンを走らせ始める。 「ほら」 差し出された紙に書かれた文字を見て、千晶の暴れる動きがピタリと止まった。 「これ……」 「ん、正解、でしょ?」 とくに恥ずかしがるでももなく寧ろ楽し気に発される言葉に、千晶の思考が付いていかない。 『これからも、ずーっと一緒にいられますように。 水端千晶』 そこに書かれている文字は、千晶が日頃ずっと思っていることで。それこそ千草を“男”だと意識する前からずっと願っていたことでもあって。 年下の幼なじみに全部見透かされていたことは恥ずかしいけれど、想いを汲んでくれる千草にそれ以上の嬉しさが込み上げて。 |