頂き物

□胡蝶の夢
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〔胡蝶の夢―薄桜鬼、土方夢(学パロ)―〕

「きゃあ!」
「おっと!……大丈夫か」
「ひ、土方先生!」

廊下で思い切りぶつかってしまった人の顔を見て、私の心臓は跳ね上がった。
相手は土方先生。
私が――密かに憧れている相手だ。

「廊下で余所見してんじゃねぇぞ。気をつけろ」
「………」

勿論。
憧れているだけで、何も言えない。
だって。

「……葵?」

彼は教師で、私は生徒だから。
でも。
心は、すっかり土方先生に持って行かれてしまっている。
そう、あの日。
薄紅色の花の舞い散る桜の木の下で、初めて彼に出会ったその瞬間から――

「……そんな顔してんじゃねぇよ」
「え?」
「何でもねぇ……それより、いい加減離しやがれ」

と、小さく呟く声と舌打ちに、私はぶつかった時から土方先生の腕に支えられたままだったことを思い出して――慌ててそれから逃れた。

「す、すみませんでしたっ!」

恥ずかしい。
アクシデントとは言え、土方先生に抱きついてしまった。
きっと私の顔は真っ赤に違いない、と泣きそうに俯いていると、土方先生はまた一つチッと舌打ちした。
苛立たしげなその舌打ちに、私は本気で泣きそうになってしまった。
ぶつかって抱きついた挙句に泣きそうになるなんて、馬鹿な子だと思われたに違いない。

(先生にとって、私は……ただの馬鹿な生徒!)

「もうすぐ授業が始まる。遅れるなよ」
「……はい」


泣きそうに俯いているばかりの私に呆れたのだろう、土方先生はそう言ってさっさと歩いて行ってしまった。
そして、その後姿を見送るしか出来ない自分に、私はため息を一つ零す。

「どうして、私はまだ子どもなのかな」

身につけている制服が恨めしい、と思わず私はスカートの裾を握ってしまった。
もし、私が土方先生と釣り合うくらいの年齢だったら。
私がもっと大人の女だったら、先生は私を見てくれただろうか?

「私のことを女だって、思ってくれたかな……?」

「葵は十分女だと思うけどね」

独り言に返事が返って来て、私は死ぬほど驚いた。
しかも、こんな独り言を聞かれるなんてどうしよう、とまたも真っ赤になっているだろう顔でバッと背後を振り返ると。

「は、原田先生!」

よぉ、と微笑む、体育教師の原田先生がそこにいた。
いつの間にここに!?
気配を消して背後に立つのは止めて欲しい!
でも、あまりにヤバい独り言を聞かれてしまった私はそれどころではない。
でも、やっぱり舌がもつれて上手く言い訳できない、ただワタワタするだけの私に、原田先生は困ったように笑ってから、ごく真面目にこう言った。

「また面倒な男に惚れちまったみたいだなぁ、お前」
「っ!そ、そんな!私は別に――」
「言い訳しても無駄だぞ?顔に出てるんだよ、お前。忍ぶれど色に出にけり……って奴だ」

そう言って、ちょんと私の額を小突く原田先生に、私は土方先生への想いを否定しようとした言葉を飲み込んだ。
駄目だ、すっかりバレている。
恥ずかしくてまともに原田先生の顔を見られなかったが、そんなことは全く気にせずに笑う先生は大人だ。
そして――とても優しい人だった。

「ま、そうヘコむなって。土方さんはああいう人だから、中々枠を壊したりは出来ねぇんだろうさ」
「枠って……どういう意味ですか?」

バレているなら、今更隠したところで仕方がない。
若干開き直りに近い気持ちでそう聞き返すと、原田先生はごく当たり前のように答えた。

「だから、あくまで土方さんは教師でお前は生徒だってことだよ。幾ら合意でも、教師が生徒に手ェ出すのはマズイだろ?」

何だか問題がズレているような気がする、と私は原田先生の言葉に脱力した。
先生が大人――所謂、恋愛にも長けた大人の男だと思ったのは間違いだったのだろうか?

「……土方先生は、私のことはただの生徒だとしか思ってませんよ」

教師と生徒だ、とか以前の問題だ。
土方先生は、私を女ではなく子どもだと思っている。
だから、当然私の気持ちにも気付いていないに違いない。

「へぇ……葵はそう思ってんのか」
「それ以外、どう思えって言うんですか。原田先生だって、生徒をそんな目で見たりしないでしょ?」
「いや、そうでもねぇな」
「へ?」

何か、今ヤバいこと言いませんでしたか、原田先生?
少々引いた私に、でも、原田先生は余裕の笑みで答えた。

「女の17歳なんざ、もうとっくにガキじゃねぇよ。一人前の女だ」

俺も一応教師だから、あんまり大きな声じゃ言えねぇけどな。

こっそりそう付け加えてから、私はもう大人だという言葉とは裏腹に、まるで子どもをあやすかのようにポンと私の頭に手を置いて優しく撫でてくれる原田先生に、私はまたも赤くなった。

(原田先生って、こんなにカッコ良かったんだ……)

何故この先生が女子に……いや、同僚の女性教師や他校の女生徒、果ては購買部のおばさんにまで絶大な人気を誇るのか、私はようやく分かった気がした。
強くて、優しくて、男前で……その上なにより、この艶っぽい声!

(それにしても、まったくこの人は――)
「所構わずフェロモンを撒き散らすのは止めた方が良いと思いますよ、先生……」

私ごときに、そんなに優しくしないで欲しい。
そのうち、この誰にでも優しくて艶っぽい原田先生を巡って女性同士の刃傷沙汰が起こるかもしれない。
そう思ったら何となく寒気のしてきた私に、原田先生は一瞬目を丸くした後――大笑いした。

「フェロモンって……ハハッ!お前、面白い奴だな。気に入ったぜ!」

笑い事じゃありません、と私が頬を膨らませた時、チャイムが鳴った。
もうすぐ次の授業が始まる。
良く考えたら、次の授業は古文――土方先生の授業だ。
いつもは楽しいはずの土方先生の授業が、今日はさっきの出来事のせいで気が重い。
はあっと、大きくため息を吐いた私に、察しの良い原田先生は私の気鬱の理由に気付いたのだろう、またも悪戯っぽく笑ってこう言った。

「……お前の教室からグラウンド、見えるよな?」
「え?あ、はい」

私の教室はグラウンドに面している。その上、私の席は窓際なので、グラウンドは丸見えだ。
それがどうかしたのだろうか、と私が首を傾げると、何と原田先生はとんでもないことを言い出した。

「次、俺の授業で生徒に交じってサッカーやるんだ。だからさ――」
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