桜の花の咲く頃に

□第五章 〜焦燥の果てに〜
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千鶴が屯所に来て、一週間が経った…目が覚めて、襖を開けると、冷たい風が部屋に吹き込んできて、千鶴は身震いをした)

「…今日は、少し肌寒いかな?」

新選組と父に繋がりがあった事が判明し、新選組も父を捜している事もあり、千鶴は一命を取り留めたのだ…更に父親が見つかるまで、新選組の屯所に留まる事になったのだ…が…千鶴はため息を吐く…

「…だけど…ずっと男装したままっていうのは…」

案外と、不便なものであった…



それは、千鶴が新選組に身を寄せる事になった日の夜の事だ…再び広間に呼び出された千鶴は、土方から幹部会議の決定事項を言い渡された…

「お前の身柄は新選組預かりとする…が、女として屯所へ置く訳にゃいかねぇ」

新選組に匿われている女がいる…そんな噂が万一にも広まれば、良くない勘ぐりが生まれるかもしれない…綱道を狙う敵方の存在から、自分まで狙われてしまうかもしれない…もちろん、綱道が狙われていると確定した訳ではない。でも、不確定要素が多い現状で、うかつな行動は絶対に取れない…土方は千鶴にそう説明した…

「…だから、おまえには男装を続けてもらう。…面倒だろうが、辛抱してくれ…」
「…はい」

そこに山南が口を挟む…それは男所帯でありがちな事…それを改めて確認するように、千鶴に告げる…

「例え君にその気がなくとも、女性の存在は隊内の風紀を乱しかねませんしね…ですから私たち幹部の他、隊士たちへも君の事情は話しません…」
「じゃあ、私は…」

千鶴の訴えを察したかのように、土方が再び口を開く…

「屯所では何もしなくていい、部屋をひとつやるから引きこもってろ…」
「あれ?おかしいなぁ…この子、誰かさんの小姓になるんじゃなかったですか?」

沖田の明るい声に、土方の顔が引きつった…

「…いいか、総司…てめぇは余計な口出しせずに黙ってろ…」

…唖然とした様子の千鶴を、葵は後ろからジッと見つめていた…



そんな感じで現在に至る訳だが…あの晩の事を思い返し、千鶴は部屋の中で立ち竦んでいた…

「男装が嫌なんて、言ってられないよね…ちょっと面倒だけど、これは絶対に必要なことだもん…」

幸いと言えるかどうかわからないが、京に来るまで男装で旅をしていたおかげで、袴での生活には慣れてきたような気がする千鶴…

そして、今回腰に差してきた小太刀は、父様の言い付けで小さな頃から肌身離さず持っていたものだった…雪村家に代々伝わる小太刀だとか何とか…おかげで小太刀の道場にも通わされたし、人並みには使えるようになっていたと思う。

しかし、千鶴は刃物が苦手だった…刃物は人を傷付けるもの…というのは最もの事で、本当の理由は別にある…

千鶴の体質なのかはわからないが、小さな傷なら翌日には治ってしまうのだ…小さな頃は気にしなかったが、大きくなってきてからはそれが普通ではないと気が付いていた…父様に相談したら、それは天からの授かり物で、しかし人には言わないようにと言われた。勿論、ちょっとした怪我なら治ってしまう
体質なんて、気味悪がられて人に言える訳がない…だから、出来るだけ怪我をしないようにと刃物から身を遠ざけているうちに、ちょっと苦手になってしまっていたのだ…男装や小太刀よりも、そっちの方が気になる事ではあるのだけれど…

「…でも…」

気が重たくなる理由は他にもあった…平隊士の目が、何となく冷たいのだ…

「…気のせいじゃないよね、多分…」

屯所で個室を持っているのは、幹部の中でも限られているらしい…得体の知れない子供が突然現れた上に、幹部並みの扱いを受けている事になるのだから…

「不満に思うの、わかる気がするし…ちょっと、申し訳ない気もする…」

せめて何か役に立てればと思う千鶴だが、隊内の事も屯所の事もあまりわからない…それに土方からは、出来るだけ部屋を出ないように言われている…

たまに幹部の誰かに呼ばれて、雑用を手伝うこともあるが…小姓みたいに身の回りのお世話をするわけでも、近習みたいに身辺警護をするわけでもない…所謂、家事手伝いのような…

それが幹部から可愛がられているように見えて、余計に隊士たちから疎ましがられているようだ…

「…幹部の人たちは、ただ私を見張ってるだけなんだけどな…」

千鶴が余計な事を口走らないように、代わる代わる監視しているだけ…私がボロを出すと困るから、一般の隊士から引き離しているだけ…

「う〜ん…」

もしかすると、私の演技下手が悪いのかもしれない…と千鶴は考える…ごくまれにだが、話し掛けてくる隊士は居た…だが、男らしい言動の真似は難しくて、千鶴は沖田や葵から
助け船を出してもらっていた。そのたび、自分で物も言えない情けない奴、という印象が定着していくようで、千鶴は少しせつなくなった…

「どうせしばらくお世話になるんだし、屯所の人たちとも仲良くしたいんだけどな…でも、本当のことは話せないし…」

出来るだけ隊士と関わらないように、ひっそり生活していくしかないのかも…そんなことばかり考えていたら、千鶴はちょっとだけ気が滅入ってしまった…

「ひっそり生活するなら、部屋から出ないのが一番なんだけど…」

…本当は、早く父様を探しに行きたい…だが千鶴は結局のところ、屯所から外に出してもらえていなかった…京には父様を探しに来たのに、足止めを食っているような気がしてしまう…父を探しに行けないのか?と土方に聞きたいのだが、生憎土方は山南と共に大坂に出張していて留守だ…

「…これって、鬼の居ぬ間に何とやら…?」

千鶴はどうしたものかと考えを巡らせた…だが結局は部屋で大人しくしていることにした…本音を言えば、ジッとしているのは千鶴の性分ではない…だが土方の千鶴への配慮を考えると、勝手に動くことは出来なかった…暫くの間、上等だが何もない殺風景な部屋を眺めている千鶴…と、襖の外から声が掛かった…

「雪村さん、東雲です…今よろしいですか?」
「あっ…はい、どうぞ!!」
「…失礼します…」

ゆっくりと襖が開き、葵が部屋に入ってくる…幹部以外で、自分が女子だと言うのを知っているのはこの人だけ…しかもこの人も千鶴と同じ女性なのだ…
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