桜の花の咲く頃に
□序章 〜遺志を継いで〜
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「兄上っ!お気を確かにっ!」
「…葵…もう…いい…」
「駄目ですっ!兄上っ!」
「…俺は…もうすぐ…あの世に…逝く…」
「嫌ですっ!兄上っ!死んではなりませんっ!」
「…ハァ…疲れた…もう…休ませてくれ…」
病床に伏し、蒼白な顔をした青年は、自分を見下ろす愛しい存在を宥めるように、笑顔を作る…妹は涙を流しながら、兄に言葉を掛け続ける…
「…私は…兄上が居なくなったら…1人になってしまう…この世でたった2人きりの兄妹ではありませんかっ!」
「…俺は…もう…お前を…守る…事は…出来ない…」
「兄上…」
「…葵…京に…行け…」
「…!!!」
「…あの人達を…頼れ…試衛館の…人達を…」
兄の言葉にハッとする葵…上洛し京に行った彼らと別れた時を思い出す…
「…兄上は…皆さんと共に戦うと…近藤さん達と共に生きると誓ったのに…その誓いを破られるのですか?」
「…こんな俺に…そういう事を言うのか?葵…」
「兄上の夢ではありませんかっ!近藤さん達と共に、武士として名を挙げると…そう仰っていました…」
「………」
「兄上の立派になられたお姿を、私は見たいのです…だから…」
「…もう…いいんだ…グッ…ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
急に咳き込み、同時に血を吐く兄…咄嗟に傍に寄る葵…だが兄の顔には、もう生気は戻らなかった…
「…お前は…京に…」
「…兄…上…」
「…俺の…想いを…皆に…伝えて…くれ…」
虚ろな目をしながらも、最期の力を振り絞って兄は葵の手を握った…此処に居るとしっかり握り返す葵…
「…葵…俺の…分まで…生きろ…」
「…兄上…嫌です…兄上…」
「…幸せに…なれ…」
薄く微笑んだ兄の手から、急に力が抜ける…ガクンッと首が項垂れ、それ以降何も言わなくなった…
「…あっ…兄…上…」
「………」
「…兄上…嫌…嫌です…嫌ぁ!!兄上ぇ!!」
葵の絶叫が木霊する…文久3年4月、此処に1人の青年が、あまりにも早い人生の終焉を迎えた…
ひっそりと兄・広之新の葬儀を終わらせた葵は、兄の墓前に佇む…ずっと泣いていたせいか、目を赤く腫らしていた…
「…兄上…私は…京に行くべきなのでしょうか…まだ迷っています…兄上を置いてなど行けません…」
墓前に語り掛ける葵…と、人の気配を感じ振り向いた…そこに立っていたのは、試衛館で世話になった土方歳三の姉・ノブだった…
「…葵ちゃん…大丈夫?」
「ノブさん…すみません、私…」
「…良いのよ…今は悲しんでいても…でもいつまでもそのままじゃいけないわ…」
「…解ってます…解ってますけど…」
「…私にも、お線香あげさせて貰っていいかしら?」
ノブの言葉に、葵はコックリと頷くとその場を退いた…ノブは墓前に屈むと、線香をあげて手を合わせた…
「…ごめんなさいね、お葬式のお手伝い出来なくて…」