英国物語ルキア【完結】
□リクエストステージ「掴章」
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『海燕先生は孤児院の創立記念パーティーに来ぬのか?』
『ああ、御免な。ちょっと遠くに用事があるから間に合いそうにねぇんだ』
『そんな…いやだ!海燕先生も一緒がいい!』
『ははは、ルキアはわがままだな』
『あ…。…ごめんなさい…』
『…え?いや、…バカ、本気にすんな。…あー、そんなのわがままのウチに入んねぇって!だからそんな顔すんな!』
『…はい』
『…そうだな、出来るだけ早く帰って来れるように頑張るから。最初っから参加は無理だけど、途中からなら来れるかも知れねぇからな』
『っほんとに?』
『ああ。約束だ。だからもっと、ちゃんとした我がまま考えとくんだぞ』
『ちゃんとしたわがまま?』
『ああ。こんなちっさい我がままじゃなくて、俺がびっくりするぐらいどでかい我がまま考えとけ』
『でも、わがままは…』
『いいから。考えとけ。宿題だぞ?』
(あの頃の私にとって、甘える事は罪だった)
(誰にも負担をかけてはいけない)
(望まれず、捨てられたにも関わらず、生き延びてしまった私のために人を煩わせるなどあってはならない)
甘えろ、と胸を貸してくれた恩師からの宿題の答えはそのとき結局見つからなかった。
それは無言の再会の時、永遠に叶わぬわがままとなって、果たされたのだけれど。
生き返って。
そして笑って。
誰にもかなえられない我がままは、今も昏く淀んだまま、一番深い場所で眠る。
「ルキア」
ノックを2回。
けれど返事はない。
「ルキア。寝てるのか?」
しばらくの沈黙。
耳を澄ませたが、やはり声も物音も聞こえなかった。
本日の業務が恙無く終わった一護はようやく同僚たちの説教やからかいから逃れて自室の向かい側、ルキアの部屋の前へとやってきた。
手にはホットチョコレートの入ったマグカップ。
恐らく何も食べていないだろう。調子のよくないときにあまりしっかりした食事は却ってつらい。
カカオは身体にも良いし、甘いアロマにはヒーリング効果もあるという。
それは、一旦突き放してみたもののそんな意地っ張りが継続するはずもなく、早くも様子が気になって仕方なくなった一護がルキアの部屋を訪れるために考え付いた「口実」だった。
(…寝てんのかな…)
チョコレートは自分で飲むか、と長閑に考えてから、ふと、よっぽど病状が悪化していたのだとしたらどうしよう、と不安がよぎり、焦燥気味に戸を薄く開く。
「…開けるぞ?」
短く断って覗いた室内は薄暗くて中はよく見えない。
元より、夕方からの酷い雨で月のない空は真っ暗だ。
強い風が窓を叩く音が室内に響く。
「…ルキア?」
灯りを入れて寝台に近づいたが、そこに人影はなかった。
(どこ行ったんだ?)
屋敷内では見なかった。外に行ったのだろうか。まさか。こんな天気の中を。
混乱し考えながら、手にしていたホットチョコレートをサイドテーブルに置くと室内を見渡す。
(…水の音?)
薄く開いたバスルームへの戸から僅かに雨のような音が響いている。
(…もしかして、風呂入ってたのか)
急に一護は気恥ずかしくなる。
慌てて部屋を出ようとして、しかし何かが引っかかって立ち止まった。
(やっぱり返事もねぇのは、おかしいよな)
思いなおすと、バスルームへの扉を開き、中は見ないようにして声を上げた。
「おい、ルキア?居るなら返事しろ!」
しかしシャワーの音は規則正しく、人が動く気配はない。
「返事しねぇと中入るぞ!」
もう一度声を上げたがやはり返答はない。
戸の外で耳を澄ませていると、わずかに衣擦れの音がしたような気がした。
その瞬間、イヤな予感のようなものが一護の脳裏を支配する。
細かい理屈は吹き飛び、身体が先に動いた。シャワールームの中へ。
真っ暗な中に灯りをともすと、そこには、
「ルキア!」
仕事着を着たままのルキアが、頭からシャワーをかぶってバスタブにうずくまっていた。
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