英国物語ルキア【完結】

□リクエストステージ「掴章」
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「え、風邪?」

「そ。風邪。だからコイツ今日は業務終了な」

倉庫から磨き粉を持って戻ってきた一護がルキアを指差しながら無感慨に言う。

「横暴だ!私は平気だと言っておるのに!」

「うっせ。自己管理できてネェ奴が偉そうに言うな」

管理不行き届きを責められてはルキアも即座に言い返せない。

「く…しかし別段業務に差し支えはないし…」

「何いってんだ。今朝より大分体温上がってる。急激に発熱してんだろ。今からダルくなってくんだよ。まわりに感染ったら迷惑だろ」

「え、一護いつ体温なんか測ったの?」

耳聡い水色がすかさず茶々を入れると一護は一瞬黙って目を泳がせる。

「…さっき」

「いまの言い方だと、今朝も?」

「…ああ」

「いちいち朽木さんの体温測ってんの?」

「…そういうわけじゃねぇけど…」

すっきりしない一護の返答に確信した水色がにこにこと一護に擦り寄る。

「へー。じゃあなんでわかったのかなぁー。見ただけじゃわかんないよねぇ。熱があるかどうかなんて」

水色の追求に、なぜかルキアが落ち着かない様子で顔を赤くしている。

嫌そうな顔で視線を逸らす一護に水色がピシっと指を向けた。

「ずばりっ!今さっき倉庫でキスしてたでしょ!そして早朝一番にもっ!」

「な、なぜ知っておるのだ!」

「あ、バカ!」

慌てた一護がまんまと水色の誘導尋問?に引っかかったルキアの口を押さえたが当然手遅れだった。

「やっぱり」

「えええーっ」

気まずい2人の視線の先には、してやったりと笑顔の水色と、興奮気味の雛森。

「一護のえっちー」

「黒崎くんてそういう人だったんだー!」

「どういう人だよ!」

「手が早いってことじゃない?」

「早くねぇよ!寧ろ我慢強ぇし!…そんな事より、こいつ午後勤なしな!」

「ま、待て、それは承服しかねる!」

「しろよ。咳とか出てきてみろ、風邪菌ばらまく事になるんだぞ。大人しく治るまで寝てろ。こないだ休暇返上したから休みなんか大分余ってんだろ」

「しかし!」

「迷惑だ、っつってんだよ」

突然声のトーンを変えた一護にルキアはビクリと口を噤む。

「中途半端なコンディションでダラダラ仕事すんな」

冷たい視線に、一護は心配しているのではなく、怒っているのだとルキアは理解した。

「…わかった」

それ以上は言葉にできなくて、調理場を飛び出す。

(一護は正しい)

知らないうちに甘えていた自分が恥ずかしくて目が熱くなる。

(莫迦だ、私は)

急激に高くなる体温が耳の奥で早鐘を鳴らす。

(浮かれていたんだ。一護と居られる事に。一護が好きで仕方ないことに。仕事の事なんて忘れてしまうほど)

仕事に支障が出る事にも、風邪が誰かにうつってしまうかもしれない事にも気が回らないほどに、ただ少しでも一護の近くに居たかった。

そんな恋に溺れて愚図ついた女性を一護が好まないことはわかっていたはずなのに。

呆れただろうか。

幻滅したかもしれない。

一護の中に住んでいるであろう、強く凛々しい自分が、今までの自分が、音を立てて割れていく。

(怖い)

自室に戻り戸を閉じると、鼓動が静けさの中に響き渡る。

少し上がった息で窓辺に近寄ると、空は鉛色で、より一層ルキアの心を鬱屈とさせた。



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