英国物語ルキア【完結】
□リクエストステージ「揺章」
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「まあ!お美しくなられて!まるで童話のお姫さまのようね、朽木令嬢?」
「いいえ伯爵夫人にはとても及びませんわ」
大げさなおべっかを言う下位貴族にありきたりな受け答えをしながら内心ため息をつく。
(やはり、たいくつだ。社交という仕事は)
苦痛、というほどではないが、やりがいを感じず、無為に時間を浪費しているような気分になる。これなら部屋で詩集を眺めていたほうがまだ有意義だ。
いかに綺麗に表面を取り繕うかを競うなんて、自分には元より向いていない。
白哉が『勉強すると良い』と席をあけてくれた朽木家主催のカクテルパーティーは、朽木家と貿易取引のある貴族の中でも商魂逞しい、つまりは成金貴族を一同に集めた宴会だった。
(家を繁栄させるという事は、人とどう繋がっていくかに懸かっているのだな)
名を売ろう、顔を売ろうとせわしなく会場内で世間話を吹っかけあう貿易商たちに半ばげんなりしていたが、ある種の感心もあった。
(本来、兄様はこういった騒がしい宴席をお好みにならないはず…それでも執り行うのは、家の繁栄と世間体のため…つまりはビジネスというわけだな…)
公爵という仕事に於いては、ただ世俗を離れてデスクワークだけをこなせば成せるものではない。
(好まぬ人間とも程よく付き合っていかねばならぬということか)
その事自体は苦ではない、とルキアは思った。
いつもやっていることだ。
人好きのする営業用スマイルで「ようこそ」と迎える。
向かい合った相手の視線、仕草、襟の皺にまで気を巡らせて情報を集め洞察する。
以前はただ惰性に微笑んで受け流す事しか出来なかったが、今は向かい合った相手をもてなす術がある。
何を望んでいるのか。何をされると満足するのか。どの距離感が心地よいのか。
全て松本邸で身につけた。
そう、…全て、
(…一護に教わった)
思い出した瞬間、胸が音をたてて軋む。恋しさに。
(…会いたい)
もう4日もあの不機嫌な声を聞いていない。今ここに居たらなんと言うだろうか。ぼやぼやしていないで飲み物でも運べとどやされるかもしれない。
(…声が、ききたい)
優しい言葉なんかじゃなくていい。愛の囁きなんて期待していない。小言でいい。悪態でもいい。
声を。
(ああ、でも、できれば、)
名前が良い。
ただ一言、あの声で、名前を呼んで欲しい。
「どうかされましたか?」
少しぼんやりとしていたルキアは、突然名も知らぬ貴族に声をかけられてハッと身を正す。
「いいえ、なんでもありませんわ…そうそうたる顔ぶれに気後れしてしまって。…駄目ですわね、世間知らずで」
事も無げに装って謙って見せる。
「まぁ、お上手ですこと。女性は少し世間知らずな位が丁度良いと言いますわね」
主人もそう言っておりましたわ、と、いかにも世間を知らなそうな深層の令嬢風のご夫人は無邪気に笑った。
(世間知らずが丁度いい、か)
蔑視されている事に気づかないのだろうか。いや、或いは他意はないのかもしれない。
(しかし、一護には在りえぬ言い分だな)
無能が良いなどと。松本邸での初日の容赦ない叩き上げを思い出して笑いそうになるのを堪える。
(…というか…一護の事ばかり考えすぎだな…)
気づいて赤くなる事は止められない。
(駄目だ、駄目だ。こんなに一護のことばかり考えているようでは)
一護を想う気持ちに誇りを持ってはいたが、それに溺れて他が見えなくなるのはイヤだった。
そんな愚図ついた女性を、一護が望むとは思わないから。
「しかしせっかくですから奥様、輪の中でいろんな方のお話をお伺いになっては?」
ホスト側の人間として、レセプションからの誘導の役割を担っているルキアは、入り口付近で所在なさげに愚図つくご婦人のお相手も役割の内だった。
「ええ…でも主人の迷惑になるといけないから」
安穏とそう言い放ったそのご婦人は、ルキアに会釈を遺すと、ふわりふわりと所在無く会場を漂っていった。
どの人だかりにも留まることなく、溶け込むことなく。あまり強い印象を残すことは夫の営業の妨げになるという事だろうか。
よく見てみれば、そういう女性は他にも数人いるようだった。
(…模範的な良妻の行動、か)
出すぎず、愛想を忘れず。
自分にはできないだろうと思いながらルキアはそれを眺める。
いや、或いは、以前ならそれは得手な方だったかもしれない。心象に残らぬよう、ただ微笑み漂うだけの勤めが。
しかし今は。
…変わった。
きっともう、できない。
ただ愛想だけを振りまき、何も見ない、何も主張しないなどという事は。
声を張り上げれば、届く事があるという歓びを知ってしまったから。
自分の気持ちを、誰かに届けるという感動を覚えてしまったから。
心を込めて微笑めば、それは心を乗せて返される。
ならば喉の擦り切れるまで心を叫びたい。もてるもの全てをさらけ出して心を通わせたい。
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