英国物語ルキア【完結】

□リクエストステージ「叶章」
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その頃、阿散井恋次は煉瓦作りの巨大な屋敷の前に居た。

「阿散井様でございますね?伺っております…こちらへどうぞ」

ギィと重たい音をたてて扉が開かれる。特に理由はないが、恋次はなんとなく吸血鬼の物語をつらつらと思い出した。

リボンやレースやフリルで目もあてられないような屋敷だと思い込んでいた恋次はその意外なゴシックさに妙な胸騒ぎを感じる。

その建物も廊下も、通された部屋も…やけに簡素で寂しい。

眼帯の執事に通された部屋には、上背のあるオールバックの執事が立っていた。

「どうぞ、そちらへおかけください」

眼帯の執事が慇懃に促す。

恐ろしいほどの居心地の悪さを感じながら恋次は固い布張りのソファに腰掛けた。

「…俺は、お嬢様に用があって来たんだがな」

「ええ。間もなく参ります」

「…なんでオッサン2人に見守られてんだ、俺は」

「若い男とお嬢を2人にするわけにいかねぇだろ」

オールバックの執事が、当然、という風に言い切る。

恋次は何故かそういう男を良く知っているような嫌な気分になった。

(…なんだよ、俺ここでもそんな扱いかよ)

げんなりしていると、重たい樫の戸が勢いよく開かれた。

「なにしに来たのよ馬鹿男!」

挨拶がわりの罵声に恋次は更にげんなりする。

帰ろうかな、と思いながらも「こないだの話、頼みに来たんだ」と一応殊勝に切り出してみる。

「…なんですって?」

「…松本家からは、何も聞いてねぇんだな?」

「ええ。アンタのために10分とってやってくれって頼まれただけよ」

パチンと懐中時計を開いてみせる。

「残り9分ね」

「そうか」

恋次は立ち上がると、上衣を脱ぎ捨て半身を露わにした。

「てめぇ、何を!」

色めき立つ若い執事を年嵩の執事が制する。

「アンタこないだ俺をモデルに使ってもいいって言ったよな?」

「…だったら、何?」

リルカの冷たい視線は恋次の身体のラインを測るように見つめている。

その視線に妙な高揚を覚えた。

(タイマンは嫌いじゃねぇ)

恋次は勢いよくその場に両手をつき、額を床に打ち付けた。

「この身体が使い物になるなら、どうか使ってやってください!」

お願いします、と咆える。

「アンタの言った事は正しい!仕事するって事について、アンタは俺よりよくわかってる!アンタの側で勉強したい!」

緩慢になってしまった道しるべを取り戻したい。この手で何をつかめるのか知りたい。

恋次は伏したままリルカの言葉を待った。

詰られるか、受け入れられるか。

床に伏した恋次に、その時のリルカの表情を知る術はなく。

そのリルカの表情を見た執事2人は顔には出さずに動揺した。

ビジネスシーンに於いてリルカが感情を見せる事など無いに等しいのに。まるで年相応の、子供のような表情をしていたから。

ずいぶん長い間沈黙は続いたが、恋次は飽くことなく土下座の体制で待ち続けた。

眼帯の執事はその根性に「ふむ」と目元を緩める。

「…リルカ様。そろそろお返事をしてさしあげてはいかがですか」

執事の声にハっとなったように「うるさいわね!」とリルカは踵を返す。

「仕方ないわね!そこまで言うなら使ってあげるわ!」

そのまま部屋を出て行こうとするリルカに「あ、待てよ」と恋次が顔を上げる。

「なによ!アンタちょっと言葉遣い馴れ馴れしくない?一応雇い主になるんだけど!」

「う、すんません…」

勢いに押されながらも持ってきていた箱を渡す。

「こんなアッサリ認めてもらえるとは思ってなかったから、手土産持ってきたッス」

ほいっと出された箱にリルカの目が輝いた。

「いちごケーキ、好きなんスよね?」

脱ぎ捨てたシャツを拾って袖を通しながら言う恋次に「別に」と視線を逸らす。けれど反してそわそわと視線は箱の中を気にしている。手は完全に箱を抱え込んで。

素直じゃないのに何を考えているか丸わかりな態度に笑いを堪えながら恋次は箱を開いて見せる。

その瞬間の瞳の輝きは、やっぱり恋次を嬉しくさせた。




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