英国物語ルキア【完結】

□転章
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「…おまえ随分あいつらに気に入られたんだな」

一護の声にハッと俯いていた顔を上げる。

「ど、どうだろうな!貴様の家族は随分フレンドリーだから、私が特別気に入られたというわけではないだろう!」

「いやぁ…いきなり家に来いとか言わねぇよ普通。よっぽどウマが合うんだな」

ヒマあったら相手してやってくれよ、と『兄』の顔で見つめられてルキアは戸惑う。

(…そんな顔をするな…どんなに夢を見せられたって、いつか時が来れば…無かった事になるのだろう?)

この優しい時間も。表情も。約束も。

(ならば、残酷だ。こんな仮初めの交流など)

「…ルキア?」

黙り込んだルキアを不審に思った一護が覗き込む。その顔はやけに近くて、視線が合った瞬間、2人は弾けるように一歩下がった。

「あ、っと、」

「なんっ…なんだ急にっ!?」

「え?いや、悪ぃ…」

「べ、べつに謝る事では…」

「そっ…そうだな…」

何か勝手の違うやりとりにルキアも一護も妙な居心地の悪さを感じていた。

なのに、…視界から外す事ができない。

「…仕事を、始めなくても良いのか?」

「…ああ…そうだな」

一護は頭を掻きながら踵を返し、2・3歩踏み出して、留まる。

「…ルキア」

振り返らないままの一護の表情はルキアからは見えない。

「な、なんだ」

「…俺、」

強い風がぱたぱたとスカートの裾をはためかせる。

落ち着かない毛先を押さえてルキアは耳を澄ませた。

「最近ちょっとお前に干渉しすぎてたよな。…悪ぃ。なんか、本当に妹みたいに思っちまってて」

呟くような声なのに、ルキアには一言一言が刻み込まれるように届いた。

「…つい、余計なお節介してたかもしんねぇ」

「そんな、事は、ない…」

それは寧ろくすぐったく嬉しかった。気にかけて貰えることが。心配して貰えることが。多少、憎まれ口になったとしても、それさえも。

「…けど、違うんだよな…妹みたいに思ってたって、本当の妹じゃねぇんだよな」

背中を向けたまま頭を掻いて俯く。

「だから、…これからはあんまし干渉しねぇように、気ぃつけるわ」

それは、一護なりの気遣いであり、答えだった。妹だ後輩だ同僚だとかいうすべてのラベルを剥がして、ルキアをルキアとして見たなら…或いは自分の中の不確かな感情に名前がつけられるのではないかと。

「…そうか」

ルキアの視界がぐにゃりと歪む。

本当の妹のように思われていたという嬉しさ。反してそれは決して自分の思いは叶わないという確約だとしても。

けれどそれもどうやら自粛されてしまうようだ。

近寄りすぎたこの関係を、ごく凡庸な先輩と後輩の距離へ戻そうという提案だろうか。

(実際の妹君を目の前にして思い直したのかも知れない)

「ならば…」

(何も哀しい事ではない)

「私も、然るべき気遣いを取り戻さなくてはならんな」

(それが本来、あるべき姿なのだ)

ただ、今までが幸福すぎただけ。

なんの心痛もなく毎日を務められるそれだけでも、充分に幸せなはずだったのに。

(私は、多くを手に入れすぎてしまった)


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