英国物語ルキア【完結】
□リクエストステージ「紋章」
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「ねぇ、明日とあさっては講義休みにしてきたよ。どっかいこうよ一兄!」
帰宅一番に夏梨が言ったのはそれだった。
「は?勝手に授業休みにしてんなよ」
兄貴面で一護は諭す。
「いいんだよ。一兄が戻った後で取り戻すから。ね、ね、港の方に大きい商店街ができたんだ。行こうよ。遊子も行きたがってたし」
「そうだなぁ」
渋々、といったふうを装いながらも一護の内心は喜びと安堵に満ち溢れていた。
(なんだよ、全然兄離れしてねぇじゃんか…たつきのヤツ脅かしやがって)
話途中で「なになに?」と飛びついてきた遊子も夏梨に同調し、2人に『おねだり』された一護は「じゃぁ行くか」と仕方なさそうに(実際はのりのりで)頷くと二人の頭を撫でる。
そこでふと思い出した一護は「あ、そうだ」と慌てて自室に戻り紙袋を抱えてリビングへ戻る。
「土産あったの忘れてた」
ルキアから渡されていた紙包みを適当に渡すと、驚いた二人は袋の中をそっと覗いてからいぶかしむように一護を伺い見る。
「…誰に貰ったの?」
きれいにハモった双子の台詞に一護はちょっとだけ傷つく。
「俺が買ったとは思わんのか」
「一兄がこんな気のきいたこと出来るわけないじゃん」
「でも綺麗だねーこれ」
紙袋からコロンと取り出したのはシェルカメオに黒いビロードリボンのついた小ぶりの髪留め。
夏梨が手に取ったのは薔薇の浮かし彫りで、遊子は草花に小鳥。
「高そう…」
「大人っぽすぎない?」
自分の髪に差し込んでみながら2人はキャッキャとひとしきりはしゃぎ、一護はそれを苦笑いで眺めた。
(やっぱ女の子だなぁ)
嬉しそうな妹たちを見て、ルキアにこっそり感謝する。
それと同時に、2人の髪留めとよくにた形のものをルキアも使っていた事を思い出し、むず痒さを覚えた。
意図せずとはいえ、自分の妹たちとルキアがお揃いのものを持っているというのはなんとなく照れくさい。
(まぁルキアに貰ったんだから、あいつが持ってるのと似てて当たり前なんだけど)
軽い気持ちで受け取ってしまったが、よくよく考えてみると随分と大胆な事をしたんじゃないだろうかという気分になってきた。
「で、一兄、彼女どんなひと?」
夏梨の小悪魔顔での一言に一護はひっくり返りそうになる。
「な、何言ってんだ夏梨」
「こんなの男に持たせるのって言ったら、嫁か彼女に決まってんでしょ、ふつー」
断定的に言われ、ああやっぱりそうなるのか、と一護が天を仰ぐと遊子が「イヤー」と駄々をこねだす。
「アンタもそろそろ兄離れしなよ、遊子。一兄だってヤることヤりたい年頃なんだよ」
「おい」
「いやぁぁぁ!」
「おいっ!」
勝手に進展しそうになる話に一護は慌てて歯止めをかけた。
「違うって!職場の後輩が気ぃきかせてくれたんだよ!…別にそういうんじゃねぇから」
決まり悪そうに言う一護に妹たちは顔を見合わせて黙った。
一護は知らない。
自分が『感情がわかりやすく態度に出る』タイプだという事を。
(そんな顔して『そんなんじゃない』って言われてもねぇ…)
「ん?なんだよ夏梨」
「べっつにぃ。まだ微妙なんだなーと思って」
「はぁ?なんの事だ?」
「ううん、こっちの話」
夏梨は大げさに肩を竦めると、涙目の遊子の肩を叩く。
「ま、仕方ないって。いつかは来る日なんだからさ」
「うん…でも…」
遊子の言葉の先は、言われなくても察しがついた。
「うん。そだね」
『どんな人なんだろう』
大事な大好きな兄のお相手だ。どんな女性なのか当然気になる。
もしも女性に疎い兄がおかしな女に引っかかっているなら、阻止しなくてはいけない。
「…だから何の話だよ、おまえら」
「だからぁ、なんでもないって」
夏梨は小悪魔顔で誤魔化すと、夕食の準備を促した。
(あとで遊子と作戦たてなくちゃ)
兄の幸せは自分達が護る。
罪を償うかのように自分達に尽くす兄の気持ちがわからないはずがなかった。
けれどそれを止めることを願えば、自分のために生きる事を願えば、兄を悲しませるだけだという事もわかっていた。
(だから)
(一兄の幸せは)
(お兄ちゃんの笑顔は)
(私達が護る)
それにはまず、自分達が幸福であること。
いつもより1人多いだけの食卓には何倍もの笑い声が響き、それは窓の外を通る人さえも微笑ませた。
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