英国物語ルキア【完結】

□リクエストステージ「紋章」
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「…てめぇは自分に甘すぎんだよ…!!」

リビングスペースでごろごろとしている一心を思い切り蹴り上げると「痛い!」と抗議の声をあげながら一心が起き上がった。


時は黒崎ファミリーの松本邸来襲よりも少し遡る。

これは一護が『妹に近寄る仮想・悪い虫』を危惧して緊急帰宅した時。



「いつまで寝てんだ!このろくでなしが!」

まだダラダラとソファに纏わり着く父親に白衣を投げつけ「仕事するフリぐらいしてみせろこの役立たず」と罵る。

「わめくな息子よ…もう少し寝かせてくれ…父さん二日酔いなんだ…」

「ドァホ!てめぇは二日酔いじゃない日なんかねぇだろ!もう10時んなるぞ!いくら患者のこねぇ病院だからってちゃんと開院しろよな!」

開院の準備は遊子が行っているが、彼女には当然医師免許も診察の権利もない。

「そのうち医師免許も取り上げられっぞ」

もじもじと起き上がらない父親に文句をいいながらもソファのサイドテーブルに熱いコーヒーを置く。

「お、すまんな」

ありがたそうにコーヒーを啜ると「やっぱり一護の淹れるコーヒーは美味いなぁ」と大げさにため息をつき、一拍おいて「あれ?」と首を傾げる。

「…一護!?」

「反応が遅ぇよ。致命的に」

もう慣れたといわんばかりに白けた調子で自分はダイニングテーブルで新聞を片手にコーヒーを啜っている。

「一護!帰ってたのか!父さん嬉しいぞー!」

今までのダルそうな態度はどこへいったのか、勢いよく飛び上がり、タックルするように飛びついてくる。

軽く受け流し踵で踏みつけると「てめぇに会いに来たわけじゃねぇ」と踏みにじる。

「いだだだだ…!めり込んでる!一護!父さん床にめり込んじゃってるよ!」

「そのまま沈め。甲斐性なしが」

ひとしきり足蹴にされた後、一心はボサボサの頭と鬚でノロノロと起き上がる。

そのむさくるしい様子に一護は心底ため息をついた。

「…進歩ねぇっつーか、退化してるっつーか…」

「たまに戻ってきて失礼な息子だな。…しょうがねぇ、仕事するか…」

「仕事する『ふり』だろ。あとしょうがねぇとか言うな。いい大人が」

「…あいかわらずちっせぇことにうるせぇなぁ…男のくせに」

「父親のくせにロクに稼ぎもしねー男に言われたくねー」

とりとめのないやりとりをしながら手元にあった新聞を眺めていると、テーブルの向かいに一心が腰掛ける。

何が、どう、というわけでもないのに、その瞬間になぜか『父親』を感じる。

見た目はだらしないし、息はまだ仄かに酒臭い。親らしい労いの言葉をかけられるわけでもないのに、力強いと感じてしまう。

(わかってないわけじゃねぇんだ)

こんなにだらしないのは…もちろん元々の性格であるところが大きいけど…おそらくは『俺がこの家を支えているんだ』という揺ぎ無い実感を自分に与えるためだろうと。

確かにそれは一護の救いとなってきた。


「いつ戻ったんだ」

急に大人の声になる。この声で語られるとき、「まだ叶わない」という父親の大きさを知る。

「…さっき」

それに不貞腐れているうちは子供だとわかっていても。

「遊子と夏梨には会ったのか」

「…ああ。丁度、夏梨が学校行く直前に着いたんだ」

一護の到着を見るや「今日は学校休む」と愚図る夏梨を送り出すのには苦労した。

13歳になった夏梨は、女医を目指して目下猛勉強中。父親のような医者にだけはならないというのが彼女の信念らしい。

もう1人の妹、遊子といえば、家事全般をこなしつつ、主不在の病院で、治療や診察以外の全ての雑務を行っている。

「美人になったろ、2人とも」

「ああ」

この年頃の女の子は、見る間に色めいて変わっていく。

半年近くも見ていなければ、なおさら。

「…ちゃんと笑ってた。2人とも」

安心したように一護の口元が緩む。

「幸せそうだ」

「おめぇがもうちょい細かく帰ってくれば、もっとな」

冷やかすように言われて「それ言うなよ」と一護は不機嫌に視線を逸らした。



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