英国物語ルキア【完結】
□リクエストステージ「乱章」
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「檜佐木さんも複雑だろうなぁ」
洗濯場で山のようなリネンを洗いながら、一護は今日も2個1行動のルキアに話しかける。雛森は冬獅郎の旅仕度を手伝っている最中。
「ん?何がだ」
ルキアは一護の言葉の意味が解らず眉を寄せて顔を上げる。
自然とリネンを擦る手が緩み、すかさず一護はそれを指摘。
「喋んのにいちいち手ぇ止めんなっつってんだろ!」
「うっ…くそ…」
あわてて手を早め、洗い物に集中しかけたところで先ほどの一護の言葉を思い出し、「で。檜佐木さんがどうしたと?」と口を開いたところでまた手が止まる。
「…マジ不器用だなてめぇ。なんで手ぇ止まんの?わかんねぇよ俺」
呆れたように言う一護の手はもちろん動きっぱなし。
(…くーそーぅ!)
今日も絶好調の一護の嫌味にルキアは内心大暴れするが、言っている事は間違っていないだけに言い返す事ができない。
ムキになって洗濯物に集中するルキアの姿に一護は目元を緩める。
(なんかアライグマみてぇだな…)
ちょこまかと一生懸命洗い物をしている様子が微笑ましい。
しばらくの間、それを眺めながら無言で手を進めていた一護だったが、ルキアが余りにも洗い物に集中しているので次第につまらなくなってきた。
「で、檜佐木さんだけどさ」
こちらに注意を喚起すべく話しかけると、また見事に手が止まり視線がこちらに向く。
思惑通りのルキアの反応に、注意する事すら忘れて一護は噴出した。
「なっ…!?」
突然笑われたルキアは顔を赤くして眉を吊り上げる。
「何を笑うか!失礼だぞ!」
「いやっ…悪ぃ…ちょっとツボに入った…!」
笑いを堪えながらも、一護はどうしてこんなに可笑しいのか自分でもよくわからなかった。
そう、まだ一護にはわからない。
沸き起こる感情が、
可笑しいからなのか、
嬉しいからなのかのか、
愛しいからなのか。
「まったく、なんなのだ…。結局、檜佐木さんがどうしたというのだ!」
ルキアは不貞腐れて、濡れたリネンを振り回す。
「おわ!冷てぇな!絞ってから叩けよ!」
飛び散った飛沫に抗議の声をあげながらも「大事なお役目とられて可哀相だなって話だよ」と律儀に応える。
「お役目?」
やはり意味のわからないルキアは濡れ物を振り回すのをやめて、首を傾げる。
「檜佐木さんは奥様一筋でこの年まで来たって言ったろ?正味な話、奥様命なんだよ」
「…だから?」
「わかんねぇかなー。今まではさ、公式な場でのエスコートは檜佐木さんの役目だったんだよ。奥様がパートナーを作らないからな。
けど坊ちゃんが成長して然るべき年齢になってエスコートできるようになったらその役どころは交代だろ」
「成程…」
あの美しい女性が最も美しく輝く夜会への登場の瞬間を最も近くで見つめられる位置。
それを手放せば、もうその背中しか見ることはできない。
(背中…か)
ルキアの胸が少し痛む。
「今回の旅行も…まぁ、今まで複雑だった分、坊ちゃんと仲良くなっていくのは嬉しいだろうけど、…やっぱどっか寂しいんじゃねぇか」
わかんねえけど、と括りながら最後の一枚を絞り、籠へと投げた。
「…檜佐木さんは…奥様を…その、…そういう風に、…好き、なのか?」
腑に落ちずルキアは手のリネンを握り締める。
思いがけないルキアの質問に一護は言葉に詰まった。
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