英国物語ルキア【完結】

□リクエストステージ「乱章」
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「え?10日間不在?」



いよいよ社交シーズンも始まり、夜会に正餐に茶会と大忙しの公爵家に突然訪れた平穏。

「奥様は冬獅郎様と親子旅行に出かけたいそうだ」

憂いの執事長が今日も影を背負って呟く。

オンシーズンの彼の心労はオフシーズンの比ではない。

「この社交シーズン真っ只中にか…」

一護が今日も律儀に突っ込む。

「そう。この社交シーズン真っ只中に。親子水入らずで。避暑地にお出かけしたいと」

「ここだって充分避暑地じゃねぇか。明け方は寒いぐらいだぞ」

「気分的な問題だそうだ」

「ふーん。貴族の考える事ってわかんねぇな。…で、いつから」

「もちろん、本日から」

松本公爵の辞書に明日からという言葉はない。

「…確か明日って、狛村公爵んとこの晩餐…」

「言うな」

その場の全員が石田の胃が軋む音を聞いた気がした。

一護は無言で石田の肩に手を置く。

それを受けた石田は搾り出すようにため息をつきながら休憩用の椅子に座り込んだ。

「…今回は頼みの綱の冬獅郎様が完全に奥様にまるめこまれてる…この10日間の不在は確定だ。
従ってその間の夜会3回と茶会2回、食事会2回は中止。食材に関しての発注撤回は阿散井くんに頼んでいいかな。他のものは僕がやるから」

「ああ、もちろん」

「檜佐木さんは奥様たちと同行するから一緒に不在だ。他の皆は通常の屋敷内での仕事をして。11日後以降の予定の変更は今のところないからその準備も」

全員が労わりを以って返答し、休憩所を後にする。

年々エスカレートしていっているような気がする乱菊の気まぐれは石田の許容量への挑戦かもしれない。

「力及ばずで悪いな、いつも」

全員が出て行くと、1人石田の横に残った修兵が申し訳なさそうに苦笑いする。

「とんでもない。貴方ほど巧く奥様の我がままを受け止められる人はいませんよ」

石田も苦笑いで応える。

ストレートな褒め言葉に修兵は少し驚いて「らしくないな」と照れ隠しに眉間を掻いた。

「おまえ、そんな事言う奴だっけ?」

「…さぁ、どうでしたかね」

人は変わるものですから、と、もういちど苦笑い。

その表情も、何か満ち足りているような気がして、修兵はじっと見つめた。

「…何か?」

「いや、なんとなく、変わったかなーと思って」

「変わった?」

「ああ…なんかイイ感じになってきたよな、おまえ。なんとなく『閉じてる』感じの奴だと思ってたけど…」

「閉じてる?」

「そう、閉じてる。なんつーか…自分の気持ちを知られたくないっていう、距離感?…別にそれがイヤだったわけじゃないけどな。
それはそれで上司って感じでクッキリしてて良かったんだ。…けどやっぱ、いいな。気持ちを感じるのってさ」

修兵の言葉に石田は目を丸くする。

「ちゃんと人を見て仕事してんだな、って、安心するよ」

いやまぁ前からわかってたんだけどな、わかりやすくなったってことだぞ、という修兵の弁解を聞き流しながら、石田の脳裏にルキアの言葉が通り過ぎる。

「…思う壺だな…」

「え?」

「…いや、なんでも。…準備、しなくていいんですか?置いていかれますよ」

「おっと、そうだな…あの人ならやりかねん」

あたふたと出て行く修兵の背中を見送りながら石田もため息がちに立ち上がる。

なんとなく面白くないが、ルキアの情熱にあてられた影響が良い方向へと転がり始めているのは自分でも感じていた。

幸福は連鎖する。

きっと、こんな風に今思っているのは自分だけではないだろう、と石田は目を細めた。

雛森も。

冬獅郎も。

水色も。

啓吾も。

恋次も。

織姫も。

乱菊さえも。

以前と、何が変わったのかわからないほど些細な変化。けれど転がりだした。

最初に賽を振ったのは…

(朽木ルキア)

彼女の訪れがこの家を変えようとしている。いや、もう変わりだしている。

(あのパワフルな女性の相手は……奥様の管理より大変だぞ、黒崎)

そんな事を考える自分に石田は笑った。

(平和なものだな)

人の色恋沙汰の心配をしているなんて。

「とにかく、パーティー欠席のお詫びをして回らないと」

まったく厄介な大仕事だ、と誰に言うでもなくぼやきながらも、扉を開く石田の顔は笑っていた。



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